「天使のゆりかご」

( 8 )

【逢魔が刻の出会い】


 ――木曜日/昼――


 ソラツオーベル邸、自家映写室。
 メイド達が設備の簡単な使い方をリカコに説明したり、カーテンを閉じたりする中、白亜とインテは『解毒薬』でもとのサイズに戻っていた。
「……お母様!」
「無事でよかったわ、白亜……!」
 しっかと抱き合う花風母娘。
 エリカは、ぎゅうと娘を抱き締めた。
「あなたに何かあったら……まずは、白亜をこんなことに巻き込んだ有家公斗さんをただではおかないつもりだったけど」
「え!?」
 ぎょっとする公斗をよそに、助け出せて本当によかった、とエリカは言った。
 一方、インテは飲み干した解毒薬の小瓶を眺める。
「これを公斗君に飲ませたら、中和されないかな?」
「混用はよした方がいいと思いますわよ。特に『縮小薬』は扱いのデリケートな薬ですから。へんに作用して、ミリ以下まで縮んだりしたら大変ですわ」
 リリィはそう言って小瓶を回収し、メイド達に渡した。
 ちょうど準備ができたらしく、リカコとランチーが有線ケーブルの端っこを持って戻ってくる。
「んじゃ、地下室爆破の犯人様の顔を拝むとしましょーか」
 メイド達が映写室の電気を消す。
 DVDデッキに有線で繋がれたランチーの記憶が、高解像度で映し出された。
 一週間ごとに動画がフォルダ分けされていたので、その中から問題の土曜日を含む先週を選択する。
 さっそく流れ始めた、公斗を椅子に縛って改造プランを開始するシーンは、白亜が貧血を起こしそうになったので慌ててカット。
「いやー、ほんとに全部まるっと見てたのね。ういやつ、ういやつ」
「おいリカコ、さっき俺の見えないとこで何かやってるシーンが……」
「気のせいよ」
 早回しを駆使して、問題のシーン。
 土曜日の夕方――ちょうど、逢魔が刻だと公斗が思っていた頃だ。
「……時間的に、私がお会いした時間ですわね」
 数分間、誰もいない地下室が映し出された後――爆発。
 テーブルに、これ見よがしに置かれた時限爆弾だった。
「ちょっとカットし過ぎだ。巻き戻せ」
「へいへいっと。人使い荒いわね、公斗」
「おまえにだけは言われたくねぇ……」
 一旦、土曜日の朝まで巻き戻し、今度は慎重に回していく。白亜はエリカに目隠しをされていた。
 改造プランが完了した直後、急に画像が乱れる。リリィ達が息を呑んだ。
「まだおふたりがいるのに犯人が!?」
「いや、これ私が振り回したせいなのよね」
「だ、誰に向かって振り回したのですか島さん! 有家さんですか? 有家さんなのですか!?」
 目隠しされた白亜が泣きそうな声で抗議するが、リカコはスルーした。
「さて、この後、公斗が部屋を出て、白亜ちゃんと遊園地デートに行くのよね」
「あら……わたしが認める前にデートですか、白亜」
 エリカが、すごく冷え切った声でつぶやいた。白亜が「ひっ」と息を呑む。
 ランチーの頭に乗った5センチの公斗が、気まずそうに白亜を見上げた。
「……もしかして、内緒で出てきてたのか?」
「有家さん!」
「あ、やば……っ!」
「……ふたりとも、あとでお話を聞かせてもらいますからね」
 エリカの笑顔が怖い。
 ぽんぽん、とリリィが彼女の肩を叩いた。
「まあまあ。若いうちは、私のように少しは奔放な方が――」
「乳牛さんは黙っていてくださる?」
「そうです。一緒にしないでください」
「……私は、かばったつもりだったのですわ」
 花風母娘に言われて、リリィはしゅんと落ち込んでしまった。心配そうな顔の下っ端メイドに頭をなでなでされている。
 一方、リカコはそんな外野(?)を無視してランチーの記憶を再生し続けていた。
「PM1:00。移動時間を計算して、公斗が遊園地に着いた頃ね……」
『はいれす。もうちょっとで、リカコしゃまが出ていくれす』
「そーだっけ?」
 公斗がいなくなった地下室では、リカコがいろんな薬品を混ぜたりしている光景が延々と映し出されていた。
 赤や青、緑。
 色とりどりの薬品が混ぜ合わされ、怪しげな煙がもくもくとあふれ返る。
 その光景を見ていた公斗や白亜、インテ、エリカ、リリィの目が、どんどん疑惑の眼差しでリカコを睨む。
「おい……まさか」
「島さん、自分で混ぜた爆発性の薬をうっかり放置していたのでは……」
「ありえるよね……」
「う、うそだッ! そんなわけないっ!」
 しかし時刻はPM1:37。リビングの電話が鳴ったのに気づいて、リカコは地下室を出て行ってしまった。
 むちゃむちゃ危なそうな噴煙まき散らす薬品を放置して。
 公斗がボソッと言った。
「……俺が小さくなって、白亜の電話を借りた時か。この数時間後の夕方に爆発するんだな?」
『リカコしゃまは、この後、爆発が起こるまで地下室に来ないれす』
「そ、そうよ……公斗のことが心配で、ずっと玄関で待ってたんだからね……!」
 恥ずかしそうに悪態をつくリカコに、公斗はハッとした。
「リカコ……そんなに俺を心配して……?」
「あ、当たり前じゃない……っ」
「……それはそうと、結局、自爆でいいんだな?」
「シャラーップ!! そんなわけないっつーの! この私を信じなさいよ!!」
 公斗をわしづかみにしてガクガク揺さぶるリカコの主張とは裏腹に、画面では、例の薬品が放った煙が地下室の天井付近に暗雲を生み出し、小規模な落雷をまき散らしていた。
 花風母娘とリリィが、いかにもジトッと湿った目で画面を睨み、インテはため息をついていた。
「ち、ちがうのよ! あれはホント、爆発するような薬じゃなかった(はず)!!」
「だってリチャコが玄関にいたなら、誰も侵入できないじゃん……」
「べ、ベランダから入ったかも知れないでしょ!? 作戦イン可能みたいなかんじで!」
「現代日本の民家でミッション・イ●ポッシブルする人がいたら、即通報ですわ……」
「なぁ、リカコ……とりあえず、この件だけはリリィに謝れ、な?」
「う……」
『むむむむむ! ついに、ついに決定的瞬間れすよー!』
 ランチーが、人工皮膚を貼り付けた華奢な腕で画面を指差した。
 全員が口をつぐみ、画面に視線を戻す。
 置き去りにされた薬が生む雷雲がどんどん肥大化し、落雷どころか、薬品の中が激しく輝き始めた。
 しかも、その中からホムンクルス的な、タコの足みたいなのが出てきた。
 もはやホラー映画じみてきた光景に、野次馬のように集まっていたソラツオーベル家のメイド達がお互いに抱き合ってガタガタ震えだす。
 しかし――
 タコ足に続いて何かが這い出す直前、地下室のドアが開いた。
 現れたのは……

「――マリ!?」

 白亜が息を呑んだ。
 黒いスーツケースを下げたマリは、地下室の惨状を目撃してギョッとした後、慌ててホウキで薬品をぶっ叩いて破壊し、這い出してきたタコっぽい怪物にピストルを撃ち込んで退治した。
 この時点で、メイド達からは拍手喝さいである。
 その後、ぜえぜえと肩で息をしていたマリは、地下室の書類棚を、次いで薬棚を軽く探った後、スーツケースの中から時限爆弾を取り出してテーブルに設置。
 即座に撤収していった。
 それから97分(超・早回しで3分弱)という半端な数字で、爆弾は炸裂。
 公斗は深く頷いた。
「世界は、救われたんだな」
「そうね……って、ちっがーう! なんで白亜ちゃんのお目付け役が私の地下室を爆破しちゃうのよ!」
 リカコが地団太を踏む。
 信じられない、と呆然としている白亜に代わり、インテが首を傾げる。
「半端な時間で爆発したってことは、遠隔操作とか?」
「俺やリカコを巻き込む気はなかったってことか。最初から持ってたし、タコの後始末のために爆破したわけでもないよな?」
「ええ。わたし達は、使用人に時限爆弾を常備させてはいません」
 エリカが真剣な顔で告げた。
「マリはわたし達の使用人です。損害については正式に、こちらで全面的に補償いたします」
「そういえば、マリさんがいないな……てっきり、車に残ってるんだと思ってたが」
「あなた達が来る時に使った車でしたら、この映写室に入る段階で、すでに無人だと報告がありましたわ」
 腕組みをしたリリィが、壁に背中を預けながらため息をついた。
「個人の未成年で『縮小薬』を開発するほどのサイエンティストなら、心当たりぐらい、あるのではありません?」
「多すぎて……でも、マリさんや白亜ちゃんに発明品を使ったことはないし……」
「正直さぁ、悪意じゃなくて普通に危険を感じて爆破しに来ただけって可能性もあるよね?」
「――でも、そんなことはどうでもいいのよ!」
 ランチーのおしりから通信ケーブルを引っこ抜く。
 乱暴にされて、思わず『あん』と可愛い声を上げるランチーには目もくれず、リカコは怒りに燃えていた。

「ランチーや地下室を爆破しただけじゃない……
 この私の超人計画パート3、超怪獣タランティラノまで殲滅するとは、許せないわ!!」

 居合わせた全員の目が点になる。
「まさかとは思うが……あの実験、成功だったのか?」
「当ッ然! 今まで何百、いや、何千の組み合わせを試して、やっと成功したと思ったらコレよ!」
「あの……わたくし、どちらにしても、マリは間違っていないような気がして来ました」
「なに言ってるの白亜ちゃん!! マリさんを突き止めて理由を吐かせるまで、私は絶対に止まらないわよ!」
 白亜の肩を引き寄せ、朝陽とは真逆の方向を向いて勝手に燃えるリカコに、誰もが頭を抱えてしまう。
 ただひとり、ランチーの頭に乗っている、公斗を除いては。
「…………」
『どうしたのれすか、公斗しゃま?』
「いや……何でもねーよ」
 視線だけを真上に向けて尋ねるランチーに、公斗はかぶりを振った。
 静かに顔を伏せる。
(……棚をあさったのは、薬が目的じゃなかったのか?)
 ――マリはあの時、薬品棚よりも、書類棚をずっと念入りにあさっていた。
 他のメンバーは特に意識していなかった、その姿に、公斗は奇妙な気がかりを感じていた。




 予想どおり、マリの消息はつかめなかった。
 リリィが手配した車で花風本邸に着くや否や、エリカの鶴の一声で使用人が大集合したが、マリは行方不明。
 使用人に持たされる無線機などを利用した捜索が開始され、公斗達は一旦、帰されることになった。
「ま、俺達がいても邪魔になるしな……」
 先日のリリィの襲撃以降、食堂に置きっぱなしにしてしまった発明品を保管しているという倉庫の外で、公斗はつぶやいた。
 倉庫の中では、リカコとランチーが発明品を回収ついでに整理しているが、公斗には何もすることがない。
「わたくしも同じです。マリを探したくても……マリの口から真相を聞きたくても、わたくしにはどうすることもできません」
 しょんぼり、白亜は顔を伏せた。
 公斗は周囲に使用人の目がないのをいいことに、おそるおそる、彼女の肩に手を伸ばす。
 その手がいつまで経っても肩を回らないことに気づいて、白亜は自分から体を傾けて、ポスンと身を預けた。
「うあっおう!?」
「……あんまり大声を出すと、お母様が飛んで来ますよ」
「あ、あぁ……」
 いつ体が縮むか解らない状況で必死に耐える公斗。
 リムジンに残って待っているインテとリリィはどうしているんだろう、と考えをそらしていた時――リカコが声を上げた。
「ない! ないわ、アレが! よりによって、アレが!!」
「な、ナイって、ナニが?」
『物体拡大砲のことれすー! ランチーの可愛い妹れすー!』
 倉庫中を引っ掻き回して再整理するリカコに代わって、ランチーが叫ぶ。
『試作品れすし、使うには特別な培養液が必要なのれす。悪用はされないれす、けど……ここの備品管理はひどいれす』
「まぁ。なまいきなチェーンソーさんですね」
 ぷぅと頬を膨らませる白亜。ランチーは『ふぇ、なんで怒るのれすか?』と首を傾げた。
 リカコは深呼吸レベルのため息を漏らし、肩をすくめた。
「……はー、仕方ないわ。マリさんが犯人なら、倉庫をいくら探しても、無駄かも知れないわね」
『れす……残念れす』
「公斗。地下室に帰って、作戦を立てるわよ」
「お、おう。そうだな」
 白亜の側から離れてしまう公斗。
「あ…」と寂しそうにつぶやいた白亜は、リカコ達と一緒に去っていく公斗の後ろ姿に、意を決して駆け寄った。
「あ、有家さん。わたくしも連れて行ってください!」
「え?」
「何も、できないとは思います。でも、お薬や道具を運んだりはできると思います。いえ、させてください!」
 言い出したら聞かない目で、白亜は公斗を見上げた。
 こうなったら断ることはできない。リカコを見ると、彼女は「私はいいけど?」と言う。
 公斗が頷くと、白亜は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「あ、あぁ」
「じゃあ、あの乳牛メイドの車に戻りましょ」
 ロータリーで待っていたリリィとインテ(ついでにアーノルド達)のもとに戻ったものの、そこで問題が発生した。
「……ね」
 車に乗り込もうとした白亜の顔が青ざめる。
「ねずみ……」
「ちがうよ、この子達はハムスターだよ」
「ちちち近づけないでください!」
 悪意のないインテに悲鳴を上げ、後ずさる白亜。
 公斗の肩に乗ったアーノルドが絶望に暮れた。
「なんと。先日、朝食の席でも、リリィ君の屋敷でも、なんともなかったと言うのに」
「気づいてなかったとか、それどころじゃなかったせいだろ。屋敷からの帰りは白亜とエリカさんだけ、来た時の花風家の車だったしな。運転手はメイドになってたけど」
 ……結局。
 前列にはインテ、リカコ、背中に刃物とアームを格納したランチーの三人。
 後列にはリリィ、公斗、そしてインテの対角線上に白亜という三人が座ることになった。
「……うう、お手伝いすると決意した直後にこんな……自分が情けないです」
 と言いつつも生理的に苦手なものは苦手らしく、公斗にしがみついて隠れるようにしている白亜。
 ふるふると怯える小動物のようなか弱さに、ただでさえ白亜に一途な公斗の心拍数は急上昇していた。
 ついでに反対隣には、リリィが座っている。
 こっちはこっちで、自重しない爆乳がむにむにと公斗にタッチしていた。
「あん。狭いですわ」
「……な、なぁ。車を用意してくれたのは感謝するけどさ。なんで、わざわざ面倒ごとについて来たんだ?」
「私をメイド達の前で全裸にしてくれたことの、お礼が済んでいませんわ。リカコ様との話し合いも平行線ですし」
「平行って言うか、直角に真っ二つよね?」
「……それにしても、暑いですわねぇ」
 リリィは胸の谷間に指をかけて引っ張る。
 谷間から、むわっと熱気が昇った気がした。
「ふふ……公斗様は二度も、ココに閉じ込められたのですわ。いかがでした?」
「え? そ、そんなこと聞かれても……」
「なんなら……三度目を経験されても……よろしいのですわよ?」
 むにゅん、とリリィは公斗に胸をあてた。
 ボリュームのある胸が、公斗の腕の大部分に弾力を浴びせる。
 1センチの時に体験した、深さ10センチ以上の谷間が、ブラックホールのように視線を縫い付ける。
「下品なこと言わないでくださいっ!」
 キッとリリィを睨んだ白亜が、すぐさま公斗を自分側に引き寄せた。
「……あの……あの、有家さん。物足りないかも知れませんけど、全部、有家さんのものですから……」
「は、張り合わなくていいから。落ち付け、な?」
「負けたくないのです、これだけは」
 公斗には白亜の代わりはいないのだが、大事な公斗を取られまいとして、白亜は真剣だ。
 左右からおっぱいに迫られ、公斗は頭の中がぐらぐらしてきた。
 元素の周期表の知ってるとこを繰り返すのにも限界がある。
 とうとう、ひゅんっと音を立てて、公斗の背丈は10センチになってしまった。
「あら、かわいいですわね♪」
「む! あげません!」
 がしっと公斗の上半身をつかむリリィに、下半身を握り締める白亜。
 天国から一転、地獄に。
「いででででで! やめろ、ちぎれる!」
「……先に放した方の勝ちってよく聞くけど……このふたり、放しそうにないわね」
 リカコがひきつった笑みでつぶやく。
 結局、運転席側から小窓が開いてメイドが顔を出すまで、公斗は引っ張られ続けていた。
「リリィお嬢様。まもなく目的地に到着いたします」
「ご苦労さま。着いたら、その場で待っていてくださいな」
「かしこまりました」
 小窓が閉じる。
 ようやくリリィが手放したので白亜のひざに乗せられた公斗は、呼吸を整えながら言った。
「……今さらなんだけどな。おまえ、お嬢様なのにメイド服なのか?」
「よくぞ聞いてくださいました。それはもう、語れば長くなるのですわ――」
「どうせ、いちばん落ち着くからとか、そういう理由でしょう?」
 つんと白亜がそっぽを向いた。今までのできごと的に無理もないが、リリィにだけは露骨にキツい。
 リリィの目つきが険しくなる。
 今度は無言で睨み合いを始める令嬢ふたりをよそに、ランチーが窓の外を見た。
『もうすぐ、おうちれすー! しばらく放置した地下室の荒れっぷりが楽しみれすー!』
「いやなこと、さらっと言わないでくれる?」
「……あれ?」
 アーノルド達の鼻先をくすぐって遊んでいたインテが、首を傾げた。
 何かに怯えるように、彼らがそそくさと服の中にもぐり込んでしまったからだ。
 直後、車に強い衝撃が走った。
「きゃあ――っ!」
 耳障りな摩擦音とともにタイヤが急停止をかける。
 幸い、ケガひとつなかったが、車内はめちゃくちゃになってしまった。
「いったたた……」
『ほぇぇ、めのまえがパチパチするれす~』
「うぅ……だ、大丈夫でしたか、有家さん……」
「きゅう(すまない、私だ)」
「んきゃあああああああああ!!」
「あーッ、痛いわねー! いったい何なのよー!」
 若干一名、公斗だと思って抱いてたのがハムスターにすり替わっていて絶叫したが、リカコは構わず、まだ悶絶しているインテ達を押しのけてドアの外に出た。
 どこにでもある住宅街の、中心を貫く一本道。
 駅まで続く通路の向こうに沈む、夕陽を背負う形で、ひとり分の人影が立っていた。

「――おまえを。待っていた」

 白のフリルを多めにあしらった、赤とピンクのドレス。
 後頭部と胸元に飾られた、大きなリボン。
 端的に言えば、いかにもなゴシックロリータ調の出で立ち。
 骨董屋のビスクドールが動き出したかのような幼女は、こつ、と足音を立てて前に出た。
「おまえを。ちょうだい」
 宝石のようなヒスイ色の瞳が、じっとリカコを見つめる。
 リカコは、ばさぁっと白衣を広げた。
「ふ……また変なイロモノが出たわね。もてる女はツラいわ」
「……おまえじゃない。そっち」
 忌々しげに目を細めた幼女は、リカコの足元を指差す。
 急ブレーキの勢いで白亜の手からリカコの白衣に飛び込み、さっき広げた拍子に足元に転がった公斗がいた。
「え、いや……確かに、こびとは珍しいだろうけど、これも私がいてこそよ?」
「……問題ない。燃料は。一匹分で足りる」
 淡々と幼女はつぶやく。
 リカコは、はっと息を呑んだ。
「まさか、あんた……持ってるのね」
「…………」
「私の造った『物体拡大砲』……! あれを使うつもりなの!?」
 くす、と幼女は笑った。
 同時に、ようやく外に出ようとした白亜が叫ぶ。
「マリ!!」
「へ?」
 リカコは白亜の視線を追って背後を振り返る。
 いつの間にか、そこには黒服を着たマリが立っていた。
 ……手には、公斗をわしづかみにして。
「げ! 公斗!」
「くそっ、放してくれ、マリさん!」
「放してあげてください、マリ! どうして!?」
 白亜に涙ながらに訴えられ、マリは顔を伏せて、ゴスロリ幼女の方に向かった。
「……申し訳ございません、お嬢様」
「そんな……!」
「くす。悲しげな声を出すな。すぐに返す」
 マリが差し出した公斗を、幼女はしっかりと握り締めた。
 華奢な手とはいえ、15倍近い巨人の手に捕まっては、逃げようがない。
「くっ……!」
「……暴れると。ケガをするぞ」
 幼女は、眠たげに目を細めた無愛想な顔で警告した。
「私の名は。治々美雪芽。覚えなくてもよい」
 治々美雪芽(ちぢみ・ゆきめ)と名乗った幼女は、くわっと口を開けた。
 公斗の頭上に、雪芽の真っ赤な口の中と、二本だけ尖った牙が見える。
「く、食われる……!?」

 かぷ。

 容赦なく、雪芽は噛み付いた。
 どんな衝撃にも耐えられるはずの肌に、小さく穴が開く。雪芽の牙の先が、公斗に刺さっていた。
「ぐ……っ!?」
「…………」
 ちう、と雪芽は溶けたアイスをすするように吸い込んだ。
 体中の生気を抜き取られていく寒気……
 同時に、全身に溜まった何もかもを吸い出される、異様な快感が公斗を痺れさせた。
 ようやく口を開けた雪芽は、瞳を紅く染め、けふっと息をもらした。
「……ごちそうさま」
 生き血をすすられて5センチまで小さくなり、ぐったりしてしまった公斗を、ぽいと白亜に投げてよこす。
 白亜は公斗を抱き締めて泣き出した。
「……致死量は吸っていない。問題ない」
「そーいう問題じゃないのよね、うん」
 リカコとランチーが、ずいっと前に出た。マリが拳銃を向けて牽制しているが、お構いナシだ。
「その血、何に使うのか、教えてくれるわよね?」
「知らずとも。予想はできるだろう」
 雪芽は薄く微笑を浮かべた。
「……私達を止めたくば。おまえ達、6人だけで。治々美市ドームに来るがいい」
「治々美市ドームですって? あそこはまだ建設中のはずよ」
「タイムリミットは。明日の金曜日……夜の12時だ」
 それだけ言い残すと――
 雪芽とマリの姿は、忽然と消えた。
 残されたのは、リカコとランチーと、気を失ってしまった公斗の名を叫ぶ白亜と……
「……しぇー。何か、私達の出る幕ないってカンジだね」
「……一緒にしないでくださいます? 私はチャンスを窺っていただけですわ。こっそりと」
 雪芽がいる間、車から一歩も出なかったインテとリリィだった。
 運転席で震えているメイドは別として、雪芽の言う「おまえ達」は、六人しかいない。
『どうするのれすか、リカコしゃま……あれは、ボスキャラ臭がぷんぷんするれすよ?』
「……どーもこーもないわ。あいつら、物体拡大砲を起動する気よ」
 リカコは、いつになく真面目な顔でつぶやいた。
「超人の血で起動する、巨大化決戦用最終兵器……でも、自費でやると光熱費が掛かりすぎるからボツにしたのよ」
 そう小声で漏らしたリカコは、夕陽に向かって吼えた!

「行くわよ、みんな!
 あいつらから、実験施設を強奪――じゃなくて! 悪党どもの企みを阻止するのよ!!」

 ……言ってることは正論なのだが、なんかいまいち賛成しづらい空気になった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

← 前(7)を読む


続き(9)を読む →

← メインページに戻る




サイトURL:http://bukimi.x.fc2.com/index.html
アドレス:maidlily45@gmail.com



inserted by FC2 system