「天使のゆりかご」

( 5 )


【愛・咲かせます! ~後編~】


 ――日曜日/夜――


 ぐるっと一周する、無人の観客席。
 今は何も映っていない特大モニターに、遠隔操作で自在に照らす、まぶしいスポットライト。
 赤と青のロープが張られたリングと、吊り上げ可能なデスマッチ用の鉄条網。
 花風本邸内にある常設リングは、普通に大会が開けそうな設備だった。
「ご満足いただけました?」
 リングの上に登った美女は、まだ、装飾が控えめなドレスを着たままだった。
 もっとも、公斗は学校指定のジャージなわけだが。
「申し送れました。わたし、白亜の母で、花風エリカと申します」
「お、俺、有家公斗です。……で、でも俺、本当に……」
「手加減するぐらいなら、一撃で仕留めてくださって結構です。……勝負自体できないなら、娘は、やれません」
 美女――エリカは、ちらりと応援席に視線を送った。
 白亜が心配そうに指を組んで、祈るようにふたりを見つめている。
 その背後では、モニターがカウントダウンをしていた。

 3

 2

 1

 ゴングによく似た電子音が響き渡った、その瞬間、公斗の体が浮いた。
 正面から突き出された蹴りに直撃されて。
「……え?」
 ダメージはゼロに等しかったものの、ロープにもたれて呆然と見上げると、エリカは冷たい眼差しになっていた。
 本気で殺す気の目。
 少なくとも、生まれが一般人の公斗にとっては殺意を感じる目。
 最初に白亜を見たリリィが、「暗示が効きそうにない」とつぶやいた理由が解った気がした。
「……反撃なしですか」
 ゆらっと体勢を変えるエリカ。
 慌てて立ち上がった公斗の胸に、低く構えたヒジ突きが炸裂する!
(――これ絶対、旦那さんより強いだろ)
 そこまで考えて、はっと公斗は息を呑んだ。
 ……花風家に娘しか生まれないなんて法則はない。
 そう、先代を打ち倒したのが、エリカの方だとしたら!
 そして、白亜がそんなこと全く知らなかったとしたら!
「……お、お母様……?」
 案の定、応援席でポツンと腰掛けていた白亜は、優しい母の突然の豹変にボーゼンとしている。
 ヒジ突きによりロープの反動で戻ってきた公斗をかわし、足払いをかける。背中にハイヒールが食い込んだ。
「いでででで」
「……どうしました。白亜への想いは、その程度なのですか?」
「いや……」
 幸い、リカコの改造によって体は頑丈なのだ。
 ずっと耐えていれば、相手が疲れて必ず勝てる。しかし……それじゃダメだ。
 モニターのカウントは、制限時間があることを示していた。
「……しょうがねえ!」
 ごろんと回転して、ハイヒールをかわして脚をつかむ!
「っ!」
 バランスを崩して倒れたエリカをうつぶせに組み伏せ、のしかかる!
 技術はともかく、強引な力比べでは、公斗に分があった。
「くっ……」
 じたばたもがくエリカを必死で押さえる公斗。
 こんな時にナンだが、苦悶に頬を紅くする美女はすごく絵になった。相手が恋人の母親というのも変に背徳的な気分にさせる。
 人肌の熱さ、薄手のドレス越しに感じる尻……
 1ラウンド終了のベルが鳴って、公斗はようやくエリカを解放した。
「……まずは、あなたの勝ちです」
 エリカが立ち上がりながら言った。
「でも、あと2本ありますから――……?」
 立ったエリカは、不思議そうに公斗を見た。
 公斗は、頭ひとつ縮んでいた。
「……? 有家公斗さん……ちいさく?」
「き、気のせいです!」
「そう……ですよね。白亜より大きかった気がしたのですが……」
 しきりに首を傾げながら、リングの反対側に向かうエリカ。
 公斗のもとに、白亜が駆け寄ってきた。
「有家さん、お水です。……大丈夫ですか?」
「へ、平気だ。ありがとな」
「今日の夕方みたいに、このぐらいまで小さくなっちゃったら、どうしましょう……」
 親指と人差し指の間を1センチぐらい空けて見せて、不安そうに小声でつぶやく白亜に、エリカが言った。
「白亜、席に戻りなさい。ケガしたら危ないわ」
「こ、ここで応援させてください。お願いします」
 白亜の方をちらりと見ると、やれやれと白亜は肩を落とし、公斗に向き直った。
 ちょっとだけ、笑顔になる。
「……いつもは、逆らったりしないのだけれど。あなたの前だから、かしら?」
「い、いえ! そんなことは……」
「あなたが白亜にとって、とてもよい友人であることは、あの過保護なマリが愚痴を言うばかりで追い払わないことを聞けば解ります。けれど、交際相手となれば話は別」
 再び、モニターに数字が大きく映し出された。
「――本気で戦ってもらいます!」
 ゴングと同時に、距離を詰めてくる!
 身構えた公斗は、見てしまった。
 ドレスに包まれた…………揺れる胸。
「はっ!」
 エリカが繰り出した蹴りは、宙を切った。
 絶対に避けられない距離から回避し、さらに視界から「消えた」と言うしかない素早さ。
「――!? そんな……ど、どこなの!?」
 リングを見回すエリカ。
 その脚に、何かが触った。
「白亜、触っちゃダメよ」とたしなめようと足元を見たエリカの目が、丸くなる。
 そこにいたのは、30センチほどの公斗だったから。
「あ、有家……公斗、さん?」
 ぽかんと立ち尽くすエリカの脚に組み付く公斗。
 あわわわと狼狽する白亜だったが、エリカはひとまず深呼吸した。
「えっと……そ、そうね。白亜? 有家さんの家か、お知り合いにご連絡できる?」
「は、はい、お友達になら。でも、試合は……!」
「……。彼は、続行する気があるそうよ。いいから行きなさい」
 エリカは、自分の脚に組み付いている公斗を見下ろして、くすりと微笑んだ。
 彼女は目配せして白亜を連絡に行かせると、公斗の首根っこをつかんで脚からひきはがし、リングに投げた。
「ぐっ!」
「……正直、驚きました。この歳になって、目を白黒させるほど驚く、というのを体験するとは思いませんでした」
 悠長に語りながら、身長30センチの公斗を、リングの隅まで追い詰めていく。
 逃げ場がなくなった公斗が、イチかバチか足元を駆け抜けようとするのを読んでいたかのように、ハイヒールをはいた脚で通せんぼする。
 脚とぶつかって転んだ公斗は、見た。
 あおむけに転んだ自分の上に、倒れこんでくる美女の巨体を――。

 ズンッ!

「むぐっ……!」
 ちょうど胸が真上に来るようにボディプレスを食らい、公斗は押さえつけられた。
「はしたないと思われるかも知れませんが、わたしは勝つためになら、手段を考えません」
「ぐ……ッ!」
「どうして小さくなったかは解りませんが、その大きさでは押し返せないでしょう?」
 5倍以上の巨体で、強引に公斗を押さえ込むエリカ。第1ラウンドと真逆の状態だった。
 さらに、たわわに実った豊乳がドレス越しに公斗を襲っているのだ。最初は30センチあったから、なんとか暴れられていたが、だんだんと小さくなっていく。
 エリカも、公斗が小さくなっていくのに気づいたようだった。
「また縮んでいるようですね、有家公斗さん?」
「……っ!」
「ふふっ……あら、ごめんなさい。こうなると、もう『格闘技』とは言えませんね」
 もはや公斗は、さっきまでならはみ出していた手足をいっぱいに広げても、エリカの片方の胸にまるごと押し潰されてしまう。
 5センチ……いや、4センチといったところだろうか。
「もっとも、審判もいない時点で、これはただの『格闘戯』ですけれど。ラウンド終了まで、このまま待ってさしあげます」
 30倍の巨人のボディプレスを押し返す手段など、存在しない。
 ケガも出血もしない代わり、だんだんと小さくなっていく公斗の体。
 第2ラウンド終了のゴングが鳴って、ようやくエリカが体を起こした時、公斗の体はひとつまみにできる1センチ大にまで縮んでいた。
「ふぅ……これは、もうわたしが勝ったと考えてもよいでしょうか? いえ……」
 足元でちまちまと動く公斗を見下ろし、エリカは微笑んだ。
「確かに何もできなかったけど、気絶もしていないし、技というほどの技も決まっていない。だから負けたわけじゃない。あなたをどうしても勝たせたい白亜なら、そう言い張るかも知れませんね」
「……っ!」
「最後の1本です。降参の意思はありますか?」
 ほっそりした指先でつまみあげた公斗を、エリカは見つめる。公斗は叫んだ。
「まだ……だっ!」
「結構。では……完全に気絶させて、勝利させていただきましょう」
 ぱっと解放された公斗は、膨らんだ胸の上にしがみつく。
「う……」
 考えるなと理性で抑えようとしても、それが豊満な胸だと感じた瞬間、さらに小さくなってしまう。
 3ミリまで縮んだ公斗を、エリカはゴミを払うように胸元をはたいてお掃除した。
「ぅゎぁぁぁぁぁぁ…」
 リングに墜落した公斗の周囲に、巨大な影ができる。
 エリカのハイヒールが、公斗を踏み潰そうと迫っていた。
「ぅぉ!」

 ドッズン!

 小さすぎて狙いが定まらないのか、なんとか避けることに成功する。
 ケガはしないが、インテの尻で潰された時のように一時的な気絶はありえる。2本とったエリカの勝ちが決まれば、白亜からは問答無用で引き離されてしまうだろう。
 3ミリしかない体で、尖塔のようにそびえるエリカのハイヒールから逃げ惑う公斗。
(ほ、本気で踏み潰す気だろ! 白亜と顔そっくりなのに天使どころか鬼だ!)
「そろそろ当たったかしら?」
 どうやら、あてずっぽうで足踏みをしていたらしいエリカの動きが止まり、ぐぐぅっとひざを曲げて覗き込んでくる。
 公斗は、今がチャンスだと感じた。
 ハイヒールにしがみつき、よじ登ったのである。
 名案があったわけではない。しかし、とにかく嵐のような踏み潰し攻撃をかわすには、地上から離れるのが最優先だった。
「……? どこに行ったのかしら?」
 位置を変えようと、エリカが立ち上がった。
 その時!
 ずんっと振動が襲い、公斗はきめ細かいストッキングの柱から、ハイヒールの内側に転がり込んでしまった。
(…………。あんな綺麗な人でも、靴の中は……いや、何も言うまい)
 白亜の靴の中もこうなんだろうか、と思いつつ鼻をつまんで耐える公斗。
 一方のエリカは、完全に公斗を見失っていた。
「……まさか、本当に踏み潰しちゃったのかしら……」
 ようやくエリカの顔にも、不安が浮かび上がってくる。
 その頃、応援席では白亜から連絡を受けたリカコが到着していた。
「あ、あそこです! ……あれ? いない……」
「くっ、あんな美人さんと決闘ですって!? あのスケベ公斗、たぶんゴミより小さくなってるわよ!」
「? スケベ……ですか? しかも小さくなることに関係が?」
 ぽやんとした顔になる白亜に対し、リカコは一切の説明を放棄する。
「あ~~~~っ、もう! こうなったら、とっておきを出すしかないわね!」
「と、とっておき? それは何ですか?」
「これよ!!」
 取り出したるは、地下室でピカピカに磨き上げられたチェーンソー!
「これで私が加勢すれば! 今夜は●肉コマシチュー!」
「わたくしのお母様をどうなさる気ですか!? やめてください!」
 慌ててツッコんだ白亜は、即座にリカコの前に立ち塞がった。
 真剣に訴える。
「それに……この勝負。まだ決着は着いていません!」
「え……いやいや、もう無理ぽ……」

「有家さんは勝ちます!!」

 白亜は断言した。
 理屈じゃない、感情論で言い切った。
「……白亜……」
 リングの中央で、エリカは目を見開いた。
 ――あの子が、ここまではっきり物を言うなんて。
 リングを見下ろすと、靴から脱出した公斗が、足元からエリカを見上げていた。粒のように小さくなりながら、まだ降参する様子はない。
「…………」
 エリカは、ゆっくりと足を上げると、慎重に狙いをつける。
 彼が避けようとするのを承知で、エリカは素早く足を下ろした。
「!」
 ドン、とハイヒールの底が音を立てた。




 ……目が覚めた時には、人形用のベッドに寝かされていた。
「だ……大丈夫ですか? 有家さん……」
 今にも泣いてしまいそうな顔の白亜が、公斗を覗き込んでいる。
「ご、ごめんなさい……わたくしが意地を張らずに、止めていれば……」
「……悪い。調子こいてたよ、俺」
 はー、とため息をついた。
「負けちまったな……」
「公斗……」
「リカコのせいでもねーよ。変な副作用は偶然だし、改造プランに乗ったのも俺だ」
 白亜の肩越しに見える、どこか申し訳なさそうなリカコにも公斗は告げる。
 その時、2人の巨人の向こうから、さらに頭ひとつ大きい美女が現れた。
「……あなたの話をする白亜は、いつも幸せそうでした」
「エリカさん……すいません。でも、でも俺は……!」
 白亜を諦めきれません、と土下座しようとした公斗の顔を人差し指で押さえ、エリカは続けた。
「けれど、あなたと一緒にいる白亜は、もっと輝いています。嫉妬してしまうぐらい」
「…………」
「わたしにも、主人にもできなかったことです」
 目をつむったエリカは、寂しそうにかぶりを振った。
「……わたしは、試合に勝って勝負に負けました。あなた達を、信じてみたいと思います」
「え?」
「お母様?」
 公斗と白亜が同時に目を丸くする。
 リングで見せた冷笑とは明らかに違う、柔和な微笑みをエリカは浮かべた。
「有家公斗さん。娘を、よろしくお願いします」
 ぺこり、とエリカは頭を下げた。
 一瞬の間を置いて――
 白亜は歓声を上げて公斗をかすめとるように抱き上げ、そのままエリカに飛びついた。
「ありがとう、お母様! 大好きです!」
「うふふ、彼とどっちが好き?」
「どちらもです!」
「……あ、あの、本当にいいんですか?」
 白亜とエリカの間に挟まれながら、公斗はおそるおそる叫んだ。エリカは、くすっと困ったように微笑する。
「わたし自身、嫁入りした身ですから。正直、この掟が理不尽な点は、理解しているつもりです」
 ぶっちゃけ、エリカとしても、この掟は時代遅れだと考えていたらしい。

 ……だったら、リングのくだり、まるまるいらなくね?

「あー……それ、わりと真理だわね、公斗……」
「それに、なんでしたら」
 一瞬、エリカの表情に、妙に見透かしたような微笑が宿った。
「……主人を納得させる方が、むしろ簡単なのではありませんか?」
 公斗とリカコが、同時にぎょっとする。
「えっ」
「うそっ」
「?」
 唯一、意味が解っていない白亜だけ、きょとんとしている。
 ……いつからか解らないが、興奮すると体が小さくなる公斗の体質に、エリカは自力で勘付いていたらしい。おそろしい鋭さだった。
 性の話に疎いだけで、白亜もいずれは同じぐらい鋭くなるのだろうか?
「こりゃ、浮気は無理ゲってやつね、公斗。白亜ちゃんを大事にしなさいよ!」
「浮気なんかしねえよ!」
「そうです! 有家さんは一途なのです!」
 リカコの皮肉に、公斗と白亜は続けざまに言い返す。
 その様子を見て、エリカは穏やかに、けれど嬉しそうに微笑んでいた。




「……はい。ええ、来ています」
 階段の下で、人目に触れることのない暗がりで、少女の声がした。
『――――』
 電話越しの声はノイズがひどく、なんとか聞き取ることはできる程度だった。
「……承知しております。……では」
 電話の電源を切った少女は、辺りに誰の気配もないことを確認すると、忌々しげにつぶやいた。

 チッ、と。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

← 前(4)を読む

続き(6)を読む →

← メインページに戻る




サイトURL:http://bukimi.x.fc2.com/index.html
アドレス:maidlily45@gmail.com



inserted by FC2 system