「天使のゆりかご」

( 4 )



【愛・咲かせます! ~前編~】


 ――日曜日/夜――


 ふたりのメイド(にされてた近所の女子高生)は、白亜とマリが帰り際に送り返してくれることになった。
 昼に帰ってきて、何だかんだあってそろそろ夜になってしまうのだが、リカコ宅に残った公斗は、ようやく5センチ台まで戻ったところなので自宅にも帰れない。
「はー、ったく……言われなくても直すわよ。あんたが地下室を爆発させたのが原因だってのに……!」
 玄関のチャイムを余り物の工具でトンテンカンしているリカコを見上げながら、公斗は、しらっと目を細めた。
「おまえ……あの女に、俺を売りそうになってただろ」
「ギク! ……や、やーねぇ、公斗。私とあんたの仲じゃない!」
「……ま、結果的に売らなかったから今は突っ込まないけどな。ただ……」
 公斗は、足元からリカコを見上げた。
「おまえ、今日はずっと地下室にいたか?」
「あッたりまえでしょ! メインの材料が手に入った以上、足踏みしている場合じゃないわ! 今度こそ! 真の超人を完成させるのよ!!」
「…………」
 吼えるリカコはスルーして、公斗は考え込んだ。
 部屋に乱入してきた時、確かにリリィは言ったのだ。
「この部屋にもいない」、と。
 つまり、爆発の余波で壊れた玄関のチャイムを鳴らした後、家の中を探して回り、それでもリカコを見つけられなかったから最終的に2階に上がってきたと考えるのが自然だろう。
 だとしたら……
 リリィは、地下室の存在を知らない――?
「あの乳牛メイドに爆破された機材も、白亜ちゃんのご厚意でフォローしてくれるらしいわ♪ ……いや、この場合は、『ご好意』ってやつかしらね?」
 リカコはニヤニヤとイジワルく笑いながら、公斗を見下ろしてつまさきで軽く蹴った。
「いてっ、いてて」
「ふっふっふ、この幸せ者がぁ! さっさとお父様でもお天道様でも倒して結婚しちゃいなさいよ!」
「け、結婚!?」
「なによ。家族レベルでの告白ってのは、そういうことでしょうが」
「や、その、解ってるけど、急に言われると……」
 公斗はつい、白亜のウェディングドレス姿を想像してしまった。
 すごく綺麗だ……。

 ――「幸せに、してくださいね……?」

 恥じらうように、白亜はうわめづかいに公斗を見上げる……。
「…………」
「でもアレよね。私が頑張ってやらないと、あんたは子作りするたびに白亜ちゃんに潰されかけるわけね」
「ぶっ」
 うっかり想像してしまい、公斗の体がまた少し小さくなった。
 リカコはケーベツしたように目を細める。
「……オトコってのは、これだから……」
「な、何だよ! 仕方ないだろ!?」
「はいはい。とにかく、チャイムは修理したから、中に入るわよ」
 リカコはドアを開けて、中に入る。3センチになった公斗も慌てて後に続いた。
 玄関の小さい段差を必死でよじ登るのを、リカコはニヤニヤしながら見下ろしてくる。
「おま、見てるなら手伝えよ……」
「あ、そうだ。私はお風呂に行くから。自分のためにも、おとなしくしてなさいよね!」
「いや、おまえの風呂で興奮するとは思えん」
「なるほど! 覗いても無害ってわけね?」
「利益もないがな」
 ばっさり捨てて、公斗は床に投げ出されたリモコンに乗った。
 電源を入れると、テレビが語り出す。
『――先月決定した、治々美(ちぢみ)市内の超大型ドーム施設の建設について、市長をお招きしてお話をうかがいたいと思います――』
「…………」
「……って、うぉーい! 私は無視かい!!」
 ぼんやりテレビを見ていた公斗は、音量のボタンを押した。
 大きくする方を。

『――なお、このドームは現在、治々美市の主導により急ピッチで建造が進められており、着工から半年の現在、すでに外観の7割が完成しているとの情報も――』

「だーっ、うるさい! 公斗、あんたそれでもオトコ!?」
「ガキじゃないからおまえのハダカに興味ないんだっつの」
 振り向きもしない公斗に、ぐぬぬぬ、と歯軋りするリカコ。
 ちなみに、実際は年下のリカコよりも、白亜の方が小柄で幼く見える。ただし胸だけは、白亜が勝っていた。
 ……というか、リカコの胸が最初からクライマックスにAAAなのだが。
「さすがにトリプルAじゃないわよ! 私を何だと思ってんの!?」
「で、何が不満なんだよ。覗かれたいのか?」
「……そういうわけじゃ、ないけど」
 不満そうにうつむいたリカコは、ふん、と寂しげに鼻を鳴らした。
「……もういいわよ。お風呂、入ってくるから」
 すたすたと風呂場に向かうリカコ。
『――公開されている内部の構造について、疑問の声も上がっており――』
「……ったく、しょうがねーな」
 テレビの電源をつけっぱなしにして、公斗は立ち上がった。
 先日、インテの入浴に連れ込まれた時は1ミリまで縮んでしまったが、相手はリカコだ。公斗には、れっきとした女性相手であっても、リカコにだけは欲情しない自信があった。
 適当に風呂場の前をうろついてやれば、自尊心も満たされるだろう。
「…………」
 ――欲情なんか、するわけない。
 公斗は目を閉じる。ため息しか漏れなかった。
 3センチの体で風呂場まで行き、散らかったタオルを伝って段差をよじ登る。ドアはちょっとだけ開いていた。
「意地になりすぎだろ……本気で覗かせる気かよ」
 白衣とスクール水着を脱ぎ捨てたリカコが、なぜか浴室で、髪のリボンを解いていた。リボンを丸洗いしようと洗面器につけたまま、浴槽に入ろうと縁をまたぎ――
 片足立ちになったのと、同時に、テレビが吼えた。

『――カァァァァァァアアアアッ!!!』

「は!?」
 ビクッと飛び上がった瞬間、体勢を崩したリカコの体が傾いた。
 まるでスローモーションのように……
「リカコっ!!」
 反射的に体が動いていた。
 前に飛び出し、あまりにも軽い彼女の体を受け止める。
「大丈夫か!?」
「う……うん、ありが…………」
 はっ、とリカコは我に返った。
 公斗は…………もとのサイズに戻っていた。
 しかも、急に戻ったせいか、服が破けて全裸。
「あれ? なんでだ?」
「…………かぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」
 ぷるぷる小刻みに震えたリカコは、次の瞬間、素っ裸の公斗に全身全霊のビンタをぶち込んだ。




「……まさか、興奮するどころか逆の効果があるなんてな」
 平手型に腫らした頬をさすりながら、学校指定のジャージを着せられた公斗はリカコを睨む。
 白スク水に青いコート、という逆の配色に変えたリカコは、鬼のような目で公斗を睨み返す。
 ……ちなみにリカコいわく、この珍妙な格好は、研究中にもすぐ水を浴びられるから、だそうな。
「私の理性に感謝することね、公斗……! 私以外の女の子なら、覗き魔のあなたをチェーンソーのエジキにしているわ!」
「どんな物騒な世界を基準にしてんだよ。普通の女の子がチェーンソー常備してたら、覗き魔なんて消滅(物理)するわ」
 ふん! とそっぽを向いて怒りを示すリカコ。
 公斗は肩をすくめると、彼女の前まで行って、ぽんと頭に手を載せた。
「悪かった悪かった。だからさっさとベッドで休めよ」
「う……な、何よ。一歳しか違わないのに、子供扱いなんかして。言っとくけど、私はもう子供なんかじゃ……」
 その時。
 ゴギギギギギィ、と音がした。
 ぞくりと公斗の背筋が凍る。
「な……何の音だ!?」
「チャイムよ」
「……どんな修理したらあんな音になるんだよ!」
 とりあえず、白スク水にコートというリカコを応対させるわけにもいかない。リカコひとりの時はともかく。
 公斗が玄関を開けると、そこに立っていたのはマリだった。
「うぉっ!」
「……人の顔を見るなり腰を抜かすな。本当にそれで旦那様に勝てるつもりか?」
 チッ、と舌打ちしたマリはサングラスを取ると、冷たい目で公斗を見下ろした。
「さっさと来い。旦那様と奥様に、貴様のことがバレた。今すぐにでも会いたいとおっしゃっている」
「え……今から、か?」
 ちなみに現在時刻、PM7:00。ばんごはんの時間だ。
「……ていうか俺、家に連絡しないと」
「私は両親とも外国にいるから、そのへん気楽よねー♪」
「…………」
 ため息をつく公斗の背中を、リカコはバシバシぶっ叩いた。
「ほら、なーに沈んじゃってんのよ! いくら未完成とはいえ! この私の超人がそこらの筋肉ダルマに負けたら、マ・ジ・で・承知しないわ!!」
「……おまえな……背中を押すふりして、俺を追い詰めたいのか?」
「いいから早く来い。時間が惜しい」
 テンション高いリカコに淡々とツッコんでいる公斗に向かって、マリはさらに淡々と告げた。
 リカコは、すばやくマリの方に笑顔を向ける。
「と・こ・ろ・でー♪ 白亜ちゃんのパパ…いや、旦那様は私について何か言ってマシタ? 白亜ちゃんから話が通ってないかなーっと……」
「私は知らん」
「あ、そうデスカ……。くっ、白亜ちゃんたら焦らしてくれるわね!」
 公斗は、自分を守るためにリリィと壮絶な入札合戦(?)を繰り広げた白亜が、両親をどう説得しようか悩んで部屋の隅っこで落ち込んでいるのを想像して、少し泣きそうになった。
「すまない、白亜……! 俺なんかのために……!」
「……公斗。あんたが白亜ちゃんと結婚すれば、全て丸く収まるわよ」
 ボソッと耳打ちするリカコ。
「!!」
 ビシャ――ン!!
 落雷が直撃したかのような衝撃が、公斗を襲う!!
「そうか! そうだな、すごいぞリカコ! 俺は白亜の父さんに勝ァーつ!!」
「やー、ちょろいもんね(そうよ公斗! あんたなら勝てる!)」
「……逆だぞ、心の声」
 ツッコミ不在のやりとりに耐え切れず、マリがツッコんだが、頭に血が上った状態の公斗には聞こえていなかった。
 さっきまでとは打って変わって、公斗は宣言する。
「マリ! いや、マリさん! 俺を白亜の家に連れて行ってくれ!」
「か、肩をつかむな! ……チッ、もとより、そう言いつけられている。命じられたことには従うさ」
 家の前に停まっていた高級車に歩み寄り、ドアを開く。
「フレッ、フレッ、公斗ぉ~! 我らの超人~!」
 近所迷惑な貧乳美少女のエールを受けながら、公斗とマリを乗せたリムジンは走り出した。




 ――超社長・花風家、本邸。
 それは、国内に現存する最大の邸宅……下々の民からは、恐れ多くも花風宮殿とも称される大豪邸……。
 黒服の男女に出迎えられた公斗は、マリの先導によって、その最上階へと招かれていた。
「す、すっげぇ……」
 風呂での一件でうっかり私服を破いてしまい、代わりのジャージ姿で来てしまった公斗は、場違い極まりない。
「当然だ。本来なら、貴様のような人間は、入ることすら許されん。いや、お嬢様に話しかけただけで、万死に値する」
 ギロリと直角に尖った目でマリは公斗を振り返った。
「解っているだろうな、有家公斗。負けたら潔く、お嬢様から身を引け、いいな!」
「……ああ……そう、なんだよな」
 それが『条件』なのだ。
 花風グループほどの大財閥で、そんな条件を守っているのは奇妙だが、白亜と合法的に結ばれるには仕方ない。
 好きになったのが白亜だった、それだけなのだ。
 ――というか、30倍サイズものインテや白亜に尻で潰されても圧死しなかったのだから、同サイズの男性に負ける要素はない。
「チッ。つくづく気に入らん男だな……」
 ツンとそっぽを向いたマリは、しばらく無言で公斗を先導していたが……
「……リカコちゃんは、元気そうだったな」
 独り言のようにつぶやいたマリの言葉に、公斗は首を傾げた。
 なんだか、それほど親しくもないはずのリカコのことを、気遣っているように聞こえたから。
「リカコが何か……?」
「いや……いや。なんでもない」
 マリはそれっきり振り向かなかった。
 黙々と廊下を進む。
 突き当たりの扉まで来たマリは、公斗が後ろにいるのを確認してから、扉をノックする。
「――有家公斗をお連れいたしました」
「は、入ってください、有家さん」
 室内から聞こえたのは、聞き慣れた白亜の声だった。
 マリの手でドアが開けられ、中に入る。
 落ち着いたベージュ色を基調に、豪華だが品のいい調度品の数々に囲まれて、ふたりの人間がソファに座っていた。
 ひとりは、彼の想い人、花風白亜。
 その隣でおっとり微笑んでいるのは、白亜の年齢を5つほどプラスしたようにそっくりな美女だった。
 てっきり、お姉さんかと思ったが……
「お、奥様! お体の調子は!?」
「え? 奥様?」
「大丈夫ですよ、マリ。ありがとう」
 にっこり、微笑んで見せる美女をソファに残し、白亜が公斗のもとに駆け込んできた。
 グッ、と小さな両手で握り拳を作る。
「有家さん、ラッキーです。神様がわたくし達を応援しています!」
「は、白亜? あの人って……」
「わたくしのお母様です。国外にいるお父様の代わりに、有家さんを試してくれます!」
「・ ・ ・ ・ ・ ・」
 公斗、しばしの沈黙。
「……ええええええええええ!?」
「お父様は大事な会議を放り出して帰ってこようとしたので、お母様に頼んで説得してもらいました。有家さんの相手は、お母様です!」
「ちょ、いや、あの……じょ、女性相手は遠慮したいな、なんて」
 戸惑う公斗に、白亜は「優しいのですね」と頬を紅くしている。
 おとなしい女性をぶん殴るなんて抵抗があるのはもちろんだが、それに加えて今の公斗は特異体質なのだ。
 白亜そっくりで身体年齢を引き上げた美女と接触なんて、どんなハプニングがあるか解らない。しかし、白亜は公斗が小さくなる原因を正確には知らないのだ。
「大丈夫だと、お母様は言ってくれましたから」
「で、でも……」
「娘の言うとおりです。遠慮していただくことはありません、有家公斗さん」
 ソファに座ったままの美女が、おっとりと微笑んだ。
「わたし自身、若い頃は無茶をしたものです。はしたないと思われるかも知れませんが、ケンカもいたしました」
「あ、あの! いや! その……!」
「それに、わたしは以前から主人に言っていたのです。娘が初めて選んだ相手なら、わたしに見極めさせて欲しいと」
 穏やかではあるが、有無を言わせない視線が公斗を見つめた。
 あの時、指の隙間から覗き見た、リリィを睨みつける白亜の瞳とそっくりの強さを感じる。
 白亜の守りたいものが公斗なら、彼女の守りたいものは白亜なのだろう。
 しかし……
(……白亜……リカコ……八分寺……すまん)
 公斗は、上の空で「よろしくお願いします」と口走りながら、頭が真っ白になっていた。
(……俺……即効で負けるかも知れない)
「マリ。部屋を用意してください。使用人の皆様に、はしたなく暴れる姿を見られたくありませんから」
「はッ……で、ですが! 医者と護衛と審判員とサポーターぐらいは……!」
「……」
 にっこり、と美女は微笑んで小首を傾げた。
 無言の催促に押され、マリはすごすごとその場を去っていく。
「3本勝負、2本先取で勝ちです。……有家さん、念のため、気をつけてくださいね」
 こそっと白亜がささやいたが、てんぱった公斗は素数を思い出すのに必死だった。
 素数って何だっけのあたりから。


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