「天使のゆりかご」

( 3 )



【天使と悪魔に挟まれて】


 ――日曜日/昼前――


「いやー、朝帰りどころか昼帰りとは恐れ入るわね!」
「バカ言ってないで、よろしく頼むぞ……」
 げんなりしながら、公斗はインテから受け取った金色の髪をリカコに差し出した。
 インテとの入浴で1ミリまで縮んだ挙句、この髪の毛にしがみついて郵便受けの中で戻るのを待っていたなんて、リカコには教えるわけにいかなかった。
 金髪を手にしたリカコは、うんうんと頷いた。
「おぉう! さすがね公斗! これさえあれば、あとはどーにでもなるわ!」
「……なぁ、リカコ。髪の毛なんて、どんな効果があるんだ?」
「ん? 処女の体の一部ってやつよ」
「おまえの髪でもよくね?」
「ばっかねー、ハーフの髪って素敵じゃない。金色よ、金色」
 そもそも髪の毛を使うなんて、研究そのものについてリカコに意見する気は起きないが、具体的にどういう意味があるんだかサッパリである。
「ていうか、インテの髪じゃないと成功しなかったのよね」
「さっきの会話、まるまる無意味じゃねえか」
 ともかく、公斗の縮小体質が改善されて、白亜への告白が成功したら、今度はインテを手伝う番だ。
 こっちはこっちで、具体的にどうすればいいんだか、サッパリだが。
「……はぁ……とにかく、ひと眠りしたいんだが、部屋のベッド借りていいか?」
「べつにー?」
 インテの髪の毛を遠心分離機にぶち込んでぐるぐるさせるのに夢中のリカコは、適当に生返事を返した。
 異性とはいえ、ベッドの貸し借りは結構、頻繁にやっていた。
 公斗が実験台にされがちなのと、リカコ自身がベッドにこだわらず、眠くなったらソファでも床でも寝てしまうのが主な原因と言えるかも知れない。
 地下室からリビングに行くと、シチューの鍋が空っぽになって置かれていた。
「……? リカコが作ったのか?」
 薬品以外を混ぜても爆発させる、ある種の特技を持った友人の料理スキルを思い出して疑問に駆られながらも、とにかく二階のリカコの部屋に入る。
 地下室と違って、こざっぱりしている。というか、生活感がない。
 まっしろいシーツのベッドで眠る美少女は可愛らしい。
「…………へっ?」
「……すー」
 すやすやと寝息をもらす美少女は、間違いない、花風白亜だった。
 シチューを作ったのは彼女だったのだろうか。なんという天使だろう……。
 あったかい日差しが心地よくて眠ってしまったらしい彼女に、公斗は毛布をかけてあげることにした。
 ガタッ
「?」
 ベッドの下で音がした気がして、なにげなく覗き込むと――
 ナイフを握り締めて目を血走らせたマリが横になっていた。
「…………!」
 腰が抜けて壁まで後ずさる公斗の前に、マリはゆらりと這い出してきた。
「運がよかったな……お嬢様に触れていたら、貴様は生きていなかったぞ」
「も、もも、毛布をかけてやろうとしただけだろうが!」
「ふにゃ? ……有家さん?」
 大声を出したせいか、白亜が目を覚ましてしまった。
 公斗とマリが、はっと彼女に向き直る。
「すまん、起こしちまったか?」
「お嬢様、申し訳ございません。すぐに退室させます」
「……マリ。わたくしは、お昼寝をするために、お邪魔したわけではありませんよ」
 ごしごしと目元をこすりながら、白亜は言った。
「有家さんを待っていて眠ってしまったのに、その有家さんを追い出してお昼寝を続けたら本末転倒です」
「それはそうですが……」
 マリの刺すような視線が公斗を射抜く。とっとと空気読んで出て行け、と言いたげだ。
 だが、白亜はまたしてもマリに命じた。
「マリ。席を外してください」
「い、いけません! お嬢様、男女がベッドのある部屋でふたりきりになったら、赤ちゃんができてしまいます!」
「知っています。けれど、カーテンを閉めておけば、コウノトリさんは気づきません」
「うぐぐぐ……っ! お嬢様、その……えっと、赤ちゃんは本当は……!」
「家に認めてもらうまでは、手は出さない。それは約束する」
「チッ……!」
 公斗に言われて、赤ちゃんの真実を教えるべきか葛藤していたマリは、しぶしぶ部屋を出て行った。
 ぱたんとドアが閉まると、白亜は、にっこりと笑った。
「有家さん。どうぞ、隣に」
「え……あ、お、おう」
 自分の隣をぽんぽん叩いて勧められて、公斗はぎこちなく、そこに座った。
「そうだ、これ……白亜の携帯電話」
「あっ。ありがとうございます」
 遊園地で拾ったまま持っていた白亜の携帯電話を返すと、白亜はそれをまじまじと見つめた後、そっとポケットに入れた。
 薄淡い空色のワンピースを着た白亜は、そっと公斗に体を預けてくる。
 羽のように軽くて、儚くて、意識してしまう。
「……覚えてますか? あなたが初めて、わたくしに告白した時のこと」
「あ、ああ……」
「髪が綺麗だ、っておっしゃったのです。……今でも、そう思ってくれますか?」
 問われて、1年前の記憶が閃光のように過ぎった。
 半年だけ転入してきた、その一ヶ月め。日直でふたりだけ教室に残った時に、彼は確かにそう言った。
 ほとんどドサクサに紛れて褒めたような言い方だったが、その後、半年間アプローチを繰り返して、転入期間が過ぎた後もときどき、白亜はこの町に来てくれている。
「……髪が」
 綺麗だ――思い出した途端、ドクンと鼓動が弾んだ。
 同時に、白亜がみるみる大きくなっていく。
「や、やばっ!? ただドキッとしただけでもダメなのかよ!」
「有家さん、またちいさく……!」
 息を呑んだ白亜は、さっと立ち上がると、手近な掃除機をつっかえ棒にして部屋の入り口にカギをかけた。
「は、白亜?」
「マリに見つかったら大変です。マリは、有家さんのことが気に入らないみたいですから」
 戻ってきた白亜は、そーっとベッドに座った。
 だが、どんなに優しく座っても、30倍近い巨人が動けば、その余波は大きい。ベッドの表面が沈み込み、足場が傾いた公斗は四つんばいで耐えなくてはならなかった。
 白亜の、白魚のような手が、優しく公斗を包み込む。
「有家さん……かわいいですね。お人形さんみたいです」
「う……」
「あっ、ご、ごめんなさい。気に障ってしまいました……?」
 申し訳なさげにうつむく白亜。公斗は慌てて手を振った。
「き、気にしてないって! 本当に人形みたいなんだし……」
「はい……あ、そうです」
 何か思いついた様子で、白亜は公斗を片手で持った。
「白亜?」
「えへへ……公斗さんは、わたくしの髪が好きなのですよね?」
 もう片方の手で、長く伸ばしたさらさらの髪を一束つまんだ白亜は、その髪先で公斗をなでた。
 さらさらの感触が、公斗の全身を上から下に移動していく。
「うわ、ちょ、なにして……!」
「ふふふ。マリったら、こうやってお耳をくすぐると、すごく気持ちよさそうにするのですよ」
 たぶん、白亜としては女性同士が髪をいじるのと同程度の行為と認識しているのだろう。
 じたばたする公斗を軽く握り、さわさわ、と髪先でくすぐる。
「最近、少し髪を伸ばしてるので、こんなこともできますよ」
 長い髪を使って、しゅるしゅると公斗の全身に巻きつけていく。
 あっという間に、公斗の体は白亜の髪でぐるぐる巻きにされてしまった。
「う、動けない……でもなんか気持ちいい……」
「ふふっ、なんだかミイラさんみたいですね」
 自分の手のひらの上で、手足をぴったりつけた体勢で固定されてしまった公斗を見て、白亜は楽しそうな、ちょっぴり困ったような笑顔を浮かべる。
 と、その時。
 トントン、とノックの音がした。
「!」
「はぅ! え、えっと、早く解いて隠して、えっと……!」
 慌てて髪の毛を解こうとした瞬間、ガタガタと激しくドアノブが揺すられた。
「ま、マリ? それとも、島さん……?」
「いや、リカコじゃない。リカコなら、自分の部屋にカギかけられたら奇声を上げる」
 怯えたように硬直する白亜の視線の先で、ついにドアノブを止めていたつっかえ棒が外れてしまった。
 ゆっくりと扉が開く。
「お楽しみのところ、失礼いたします。島リカコ様」
 入ってきたのは――あの時、リムジンで現れた、爆乳メイドのリリィだった。
 続けて入ってきたメイド服の少女がふたり、リリィの両脇に控えている。
「な……何ですか、あなた達は! マリをどうしたのです!」
「あら?」
 リリィはきょとんと白亜を見た。
 怯えながらも公斗を胸元にかばい、必死にリリィを睨みつける白亜。
 リリィは、ゆっくり室内を見回した。
「……家から出るところは確認されていないのに……この部屋にもいない。どこにいますの……」
「え?」
「お嬢様。有家公斗様を、私に引き渡していただけませんか?」
 すっ、と手を差し伸べるリリィに、白亜はより一層、険しい眼差しを返す。
 絶対に渡さない。
 言外に宣告されたリリィは、差し伸べていた手を下ろした。
「その様子だと、アレも効きそうにありませんわね。恋する乙女は怖いですわ」
「……ッ」
「仕方ありませんわね。確保なさい」
 両脇で控えていたメイドが、さっと顔を上げて白亜を見た。
 ひっ、と白亜の声にならない悲鳴が漏れる。
「――白亜に手ェ出すな!!」
 公斗は、あらん限りの声を上げた。
 ふふふっとリリィは楽しげに笑う。
「気丈な殿方は、嫌いではありませんが……か弱い令嬢の髪の毛にも縛り上げられてしまう、ちっぽけなあなたに、何ができるのです?」
「くっ! 白亜、俺を渡して逃げろ。あいつの狙いはリカコだ。取引に使えそうな俺を狙ってるだけだ」
「い、いやです。絶対に渡しません!」
「白亜……ッ!」
「……なんだか、私が悪役みたいですわ」
 はぁ、とため息をつくリリィ。
 公斗を抱き締めた白亜は、ベッドの上で立ち上がると、じりじりと後ずさった。
 こっそり、カーテンの隙間に手を入れる。
 カチャリとカギが音を立てた。
「は、白亜? まさか!」
「お、おやめなさい! ケガしますわ!」
 公斗もリリィも無視して、白亜は身を翻した。
 窓を開けて――外へ。
「な……!」
 慌ててメイド達を押しのけて窓に駆け寄り、庭を確認するリリィ。
 白亜は無事だった。
 公斗が(小さいままで)支えていたから。
「え……?」
 何が起こったのか解らない白亜のお尻の下、地面との間で支えている公斗――
「……もう無理」
 数秒だけ堪えた後、ずんっと白亜は着地した。
「あ、有家さーん!」
「……へ、平気だ。むしろよかったぐらいだぜ……」
「そんな……こんなに小さくなってまで、わたくしを……!」
 1センチまで縮んだ理由を勘違いしている白亜は、おしりの下から慌ててつまみあげた公斗を、ぎゅっと抱き締めた。
 小さくなって至近距離から胸を見ると、巨乳というほどでなくとも、かなり大きく感じる。しかも相手は想い人の白亜なのだ。
 しゅるしゅると1ミリまで縮みそうになって、公斗は必死で円周率を繰り返した。3.14までしか知らなかったが。
「……ふたりとも、ご無事のようですわね」
 ふぅ、と息をついたリリィは、ハッと我に返った。
「安心してる場合ではありませんわ! このままでは逃げられてしまいます、すぐに庭へ!」
 メイドふたりを従えて、窓から――ではなく、素直に階段を駆け下りる。
 庭に出ると、白亜(と公斗)をかばうように、リカコがチェーンソーを握って立っていた。
 同時に、リリィをかばう形で、メイド達が立ちはだかる。
「……島リカコ様。あなたに交渉があってまいりましたの」
「へー。私の大切なモルモットと、未来のパトロンを狙っておいて?」
「出資ならば、私がさせていただきましょう」
 リリィは胸の谷間から、小切手の束を取り出した。
「あなたのお好きな額で、契約いたしますわ。もちろん、とっておきの施設つきで」
 チェーンソーを起動しようとしていたリカコの肩が、ぴくっ、と反応した。
「……言い値? 研究設備つき?」
「し、島さん!?」
「ええ、もちろんですわ」
 慌てる白亜に反し、にっこりするリリィ。
 リカコはちょっぴり視線を泳がせた。
「……それってどのぐらいの規模?」
「必要でしたら、地上と変わらない環境で、広大な地下室をご用意しましょう」
「ほぅほぅ……でもねぇ~、そのぐらいになるとさ! やっぱり、私の実力の証明ってやつが必要よね? 例えば……私の薬を飲んだ人間とか?」
「!」
 あわあわと動揺していた白亜が、そのひとことでカチンとスイッチが入った。
「……島さん! わたくしはその方の2倍出します!」
「え?」
「へーっ、じゃあそっちにしようかしら!」
 ぽかんとしていたリリィが、慌てて口を挟んだ。
「じゃ、邪魔をなさらないでくださいまし! 島リカコ様、史上最大規模の海上施設もいかがですか!?」
「無人島ひとつご用意します! もちろん衣食住、電気ガス水道も全部つきです!」
「加えて、最先端の海底探査機と海底プラントをセットでお付けしますわ!」
「わたくしはそれに足して月面の研究施設をご用意します!」
 リリィと白亜が交互に上乗せしていくせいで、どんどんケタが跳ね上がっていく。
 最終的に、リカコが白亜の案に「乗った!」と言った頃には……

・無人島まるごとみっつ
・ライフライン全部つき
・月面と火星に最高級施設
・地球外生物優先研究権
・西暦3000年までの研究費用確約
・三食おやつ全部つき
・殺虫剤完備
・ブタコマシチューにブロッコリーは認めない
・タイムマシン優先乗車権

 ……などなど、とんでもない条件になっていた。
「いやー、いい契約させてもらったわー♪ これで私の研究も安泰ねー!」
「……お、お父様に、どう説明しましょう……」
 ただでさえ色白なのに、顔面蒼白になって考え込む白亜。
 その一方、リリィも黒雲が掛かるぐらい、どんより落ち込んでいた。
「こ……この私が、金払いで負けるなんて……」
 呆然とする金持ちふたりに、呆れるチビ公斗と無表情なメイド達。
 リカコだけが、やたらとテンション高かった。
「と、ゆーわけだから! 乳牛メイドのお誘いは、残念だけどお断りよ!」
「くっ! ……し、仕方ありませんわ。この手は、できるだけ使いたくなかったのですが……」
 気を取り直したリリィは、かぶりを振ると、リカコを見つめた。
「な、何よ? 泣き落としでもするの?」
「――……」
 目を合わせたリカコに、リリィは無言で視線を重ねる。
 吸い込まれるような深い青。
 ふたつ並んだ深淵を覗き込むと、辺りの景色は、ぼやけていく気さえした。

 シ マ リ カ コ

「……はい」

 ツ イ テ コ イ

「……は、」
「――目を合わせるな!!」
 不意に声が響き渡って、パチンと泡が弾けるように、リカコのゆがんでいた視界がもとに戻った。
 玄関から、解きかけの縄を引きずったマリが現れて、白亜が歓声と悲鳴を同時に上げる。
「マリ! ど、どうしたのですか!?」
「不覚を取りました……お嬢様! その女の特技は『暗示』です!」
「……余計なことを」
 悔しげに歯噛みしたリリィは、じりっと後ずさった。
 リカコ達とメイド達の間に、マリが割り込む。同時に、玄関先に黒塗りの車が走りこんできた。
「ふ……今回は、退いてさしあげますわ」
「逃がすか!」
 飛び掛かろうとしたマリを、メイド達が止める。
 リリィは、リカコを、次いで、公斗を抱き締めたままの白亜を見た。
「……忘れませんわよ。この屈辱」
「…………」
「それと」
 ちらっとリカコの目を見つめる。

 シ マ リ カ コ

「は……はい……」

 ゲ ン カ ン ノ
 ちゃ い む グ ラ イ
 ナ オ セ

「は……って、そのぐらい普通に言いなさいよ、あんたは――!」
「おーっほほほ! では、ごきげんようですわ!」
 さっさときびすを返すと、車に乗り込んで猛スピードで去っていくリリィ。
 リリィがいなくなると、取り残されたふたりのメイドは、きょとんと目を丸くした。
「……あれ?」
「ここ、どこ?」
「ふーん、暗示って効くもんなのね」
「マリ。動いても平気なら、このふたりに着替えを用意してあげてください」
「かしこまりました、お嬢様。島様、お部屋をお借りします」
 白亜の指示で、マリがふたりをひとまず家の中に連れて行く。
 ほっと一息ついた白亜は、そーっと手のひらを覗き込んだ。
「もう大丈夫ですよ、有家さん。怖いメイドは帰りました」
「お……おう。ありがと、な……」
 1センチ弱の公斗に見上げられて、白亜は嬉しそうに満面の笑みを咲かせた。


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