「天使のゆりかご」

( 1 )



【恋と舞台とゲームの始まり】


 ――土曜日/昼――


 休日で混み合う、都内の遊園地。
 楽しげに行き交う人々を、ほんのちょっとうらやましげに眺めながら、ベンチに座る一人の少女。
 薄く淡い桃色のワンピースに、同色の帽子をひざに抱えた彼女は、ずっと『ある級友』を待っていた。
「……有家さん。何かあったのでしょうか」
 不安そうにつぶやく、彼女の名は花風白亜(はなかぜ・はくあ)。
 ベンチの後ろには、黒服にサングラスの少年――いや、少女を連れている。
 少女は、忌々しげに舌打ちした。
「チッ……」
「……聞こえましたよ、マリ。くれぐれも、有家さんに失礼なことをしないでくださいね」
 前方を向いたまま釘を刺す白亜の言葉に、マリは不満げに鼻を鳴らしながらも、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ございません。しかし、お嬢様をここまでお待たせする輩に不快感を覚えるな、とのご命令は些か承服しかねます」
「きっと、何か事情があるのでしょう。わたくしはそう信じています」
 マリを振り向いた白亜は、「ふふっ」と優しく微笑んだ。
 ちょっと、イタズラっぽくもある。
「マリは、ヤキモチ焼きさんですね。かわいいです」
「んなッ……!」
「せっかくの遊園地ですもの、おしゃれをして来ればよかったのに」
 顔を真っ赤にしたマリは、うろたえながらも、フンとそっぽを向いた。
「い……いいのですか、お嬢様。もし、あの男がお嬢様への再三のアプローチを全て取り下げて、私にホレてしまったら?」
「……それは、だめです」
 ぷぅと頬を膨らませて却下する白亜。
 その時、遊園地の入り口から、一人の男が姿を現した。同時に、白亜とマリの表情が、それぞれ喜びと怒りに染まる。
「有家さん!」
「……チッ」
「わ……悪い。待たせちまったみたいだな」
 待ち合わせの時間には間に合ったが、白亜は一時間も前から、ここで待っていたのだ。
 白亜の顔を見た途端、公斗の顔が赤くなる。
 ますます目を吊り上げるマリに、白亜の無慈悲な命令が飛んだ。
「マリ。席を外してください」
「なっ!? お、お嬢様、それは!」
「黒服にサングラスの人間がうろつけば、いくらあなたが女性でも、他のお客様が不安に駆られるでしょう。かわいいヘアバンドでもつけて、満喫してください」
「……解りました、お嬢様。ですが、何かあったらいつでもお呼びください」
 丁寧に頭を下げるマリ。
 白亜はいきなり、公斗の腕に絡みついた。
「うお!?」
「チィィッ!!」
「平気です。有家さんが守ってくれます」
「その男がいるから危険なのです……!!」
 奥歯が砕けるんじゃないかと思うぐらい激しく歯軋りするマリ。
「いいですか、お嬢様! どこの誰にとは言いませんが! 物陰に連れ込まれそうになっても、ほいほい付いて行かないでくださいよ!?」
 怒りのあまり、乱れた敬語で吐き捨てると、マリはずかずかと肩で風を切って去っていった。
 白亜は、心なしか勝ち誇ったように満足げな顔になると、ぴとっと公斗に身を寄せた。
「では、有家さん。エスコートしてくださいね」
「お……おう、任せろ。いや、任せてくれ」
 焦って、何度も頷いてしまう公斗。
 ことさら巨乳というほどではないが、年齢並みに育った胸が、ちょうど公斗の腕に当たる。
 単純に外出や遊園地が新鮮で楽しいのだろうが、無防備な接触に公斗の胸の鼓動は激しくなる一方だ。
「――――」

 ドクン

 胸の奥で、何かがうずく感覚がした。
 その違和感は、徐々に全身に伝わっていく……。
「……ぐっ!」
「有家さん?」
 公斗の異変に気づいた白亜が、腕を放して不安そうに公斗の顔を覗き込む。
 いつの間にか、イヤな汗が出ていた。
「……悪い、大丈夫だ。何でもない」
「…………。島さんに何かされたのですか?」
 女は鋭い。
 もっとも、(いろんな意味で)有名な島リカコの存在と、公斗が彼女の数少ない友達であることは、学校でも知らない人間の方が少ないが。
「べ、べつに、ただ具合が悪くて……」
「……有家さん。わたくしと正式にお付き合いする条件、覚えてらっしゃいますよね」
 じっと公斗を見つめる白亜。
 花風一族の掟――
 自身の親に勝利した者のみと交際すべし。
「覚えてるって……だから――」
「わたくしは、お父様よりも、有家さんに勝って欲しいです」
「……え?」
「本気、ですよ」
 白亜の瞳は、真剣に公斗を見つめていた。
 言葉の意味を理解するのに、たっぷり30秒は必要だった。
 ……プロポーズ?
「――――」

 ドクンッ!!

 解った途端に、鼓動が一気に高鳴った。
 同時に――
 辺りの景色が、ゆがみ、縦に引き伸ばされる。
「「「有家さん!?」」」
 反響するような声が響いてくる。
 しばらくすると、立ちくらみに似た感覚は収まった。
「くそ……まぁ、この程度の副作用は覚悟して――」
「あ、あの……有家、さん?」
 白亜の声は頭上からした。
 見上げると、ひきつった笑顔の白亜が、ひざに手をあてる格好でこちらを覗き込んでいる。
 立ちくらみがして倒れてしまったのか。かっこ悪いとこ見られてしまった。
「あぁ、もう平気…………あれ?」
 立ち上がろうとして、立ち上がれないことに気づく。
 立ち上がれるわけがない。
 だって、もう……立ち上がっている状態だったから。
「……え?」
 もう一度、頭上を見上げる。
 硬直する公斗と白亜。遠くの雑踏がヤケにうるさく感じる中、沈黙していた白亜の頭から、風に揺られた帽子がズレた。
 どすん、と降ってきた帽子のドームに、公斗は閉じ込められる。
 もはや間違いない。
 公斗は、ちいさくなっていた。




「――どうなってんだよ、リカコ!」
 とりあえず、帽子ごと運んでもらって、人目につかないベンチに移動した公斗。
 白亜のひざの上で、彼女のケータイ電話からリカコに連絡していた。
『んなこと言われたって知らないわよ! 解剖も採血もできないし! 原因不明よ!』
「だったら、おまえの予想はどうなんだ!? 正確じゃなくてもいいから、とにかく教えろ!」
『うぅ……私だって考えてるわよ!』
 リカコは電話口で怒鳴り散らす。大声が聞こえているのか、ひざに乗せた公斗と電話を、白亜は不安そうに見下ろしていた。
『ハツカネズミのジャックは、メスと一緒に入れておいたら小さくなったわ。あんたと同じよ。でも、女性に反応するなら、遊園地に行くまでの電車やバスで反応が出てるはずなのよ!』
「恋愛感情が関係したら、どうだ?」
 声をひそめて尋ねると、リカコの言葉が途切れた。が、数秒を空けて、すぐに返答が来る。
『……そうね、ありえるわ。けど、ネズミに恋愛感情があるかは不明確よ! あえて言うなら』
 リカコは、さらっと告げる。
『強い性的欲求――』
 ぶつっと電源を切った。
 幸い、最後のセリフは聞こえていなかったらしく、白亜はきょとんとしていた。
「あの……有家さん。治療法は?」
「リカコにも解らないらしい……くそっ!」
「…………」
 白亜は、じぃっと公斗を見つめた。
 何か考え込んでいるような沈黙に、公斗が首を傾げた時――
「――お嬢様!!」
 突然、雑踏の方からマリが飛び出してきた。
 白亜の腕をつかんで強引に立たせたせいで、公斗はころころ転がって、ふたりの足元に落っこちてしまった。
「痛っ」
 いちおう痛覚は反応するが、ケガはしない。
 見上げれば、華奢な白亜の脚と、タイトスカートから伸びるマリの脚が、柱のように高くそびえていた。
「お嬢様、こんなところで何を!? あの男に連れ込まれたのですか!?」
「ご、誤解です、マリ! 今は緊急事態なのです!」
「やはりあの男を少しでも信じたのはマチガイでした! 帰りましょう、お嬢様!」
「い……いや! 有家さぁん!」
「あの男は念のため、私が探しておきます! 見つけたらただではおきませんが!」
 白亜は必死に抵抗しようとしたが、ボディガードとして鍛えたマリには勝てず、さらに大柄な黒服男達に引き渡されて、マリとは別方向に連れて行かれた。
 マリの方は単独で、公斗を探してどこかに走っていった。
 ぽつん、と、その場に取り残される公斗。
 もとの大きさに戻れなかったらどうしよう、と考えていたら――ひゅんと音がして、もとの目線に戻っていた。
 この雑踏では、いまさら見つけ出せそうにない。白亜のケータイ電話は足元にあるし、家に帰った頃に電話をするしかないだろう。
 公斗はケータイを拾うと、遊園地を後にして、リカコの家を目指した。




 住宅街に帰り着く頃には、夕方になっていた。
 いわゆる、逢魔が刻にふさわしい夕陽を浴びて、リカコの家に向かう。自称・天才科学者は、スク水に白衣という格好で、玄関先で待っていた。
「おい! リ…」
「あっ、おっそーい! ねぇ、大丈夫? 踏んづけられたりしなかった!?」
「ぐ……いや、まぁな。案外すぐ戻れたし……」
 開口一番に文句を言ってやろうと思っていたが、毒気をそがれてしまった。
「それより、どうなってんだ? 副作用ってやつだよな?」
「ええ、生命に支障はないはずよ。……けど、効果を抑える方法を探そうにも、薬は全て使っちゃったし……」
 ごちゃごちゃになった思考を整理するように、顔を伏せっぱなしで、ぶつぶつ考え込んでいるリカコ。彼女に、公斗は「とりあえず、中で話そうぜ」と玄関に足を進めた――
 その時だった。
「効果を抑えるなど、もったいない。必要ありませんわ」
 突然、聞き覚えのない女性の声がする。
 公斗とリカコが振り向くと、ありきたりな住宅街には不釣合いなリムジン、そして、メイド服を着た少女が立っていた。
「いつからいたの?」
 考え込んでいて気づかなかったリカコが首を傾げるが、同時に公斗は目を丸くした。
 そのメイド少女の胸は……豊満、という言葉では表せないボリュームを持っていた。まるでメロン、あるいはスイカ。
 夕焼けを浴びて、メイド服の胸元からチラリする谷間は、どことなく誇らしげに見えた。
 と思った直後……
 公斗の体は、5センチほどまで縮んでいた。
「うおっ! なぜだ!?」
「……とりあえず、縮む原因はハッキリしたわね。この変態!」
「わわ、待て! 踏むな!」
 白衣のスク水少女に踏んづけられそうになり、慌てて避ける公斗。
 力任せの踏み付けをかわされたと見るや否や、リカコは素早く次の手に出た。しゃがんで、つまみあげたのだ。
 これはさすがに避けきれず、公斗はリカコに指先にぶら下げられる。
「くそ、放せっての! おまえに運ばれるのは妙に腹立つ!」
「べーっだ、悔しかったらもとに戻ってみなさいよ! ていうか、この私を見て興奮しないのが腹立つわ!」
「……あの。そろそろ、私も混ぜてくださいます?」
 爆乳メイドは、呆れたような口調でおそるおそる割り込んできた。
 ふたりは同時にそちらを向く。
「あ、どうぞ」
「おまえ、誰だ?」
「申し送れました。私、リリィ・ソラツオーベルと申します。以後お見知りおきを」
 その場で丁寧におじぎをしたメイド――リリィは、顔を上げると、「くすっ」と目を細めて微笑んだ。
「島リカコ様。あなたの開発した『縮小薬』に、興味がありますの。お話をお聞かせいただけません?」
「しゅくしょう…やく? ふん、私の開発した薬は、そんな怪しげなシロモノじゃないわよ! 人類を! 超人に導く賢者の石! 『超人薬』と言っても過言じゃないわね!」
「薬品名は関係ございませんわ。効果が重要なのです」
 リリィは一歩、リカコに近づこうとした。
 ――が。
「待って。あんた、すんっごく、怪しいわよ」
「……う。改めて言われると傷つきますわ……」
「薬品名は関係ない? 効果が大事? でも、『縮小薬』とかって名前を普通に使ってるってことは、もう、その薬をあんた達は持ってるってことじゃない?」
 リカコに指摘されて、リリィだけでなく、公斗も目を丸くした。
 冴えている。
 これでは、まるで……リカコが、本当は頭いいみたいじゃないか!
「それなのに、私を勧誘するってことはさ。……目的は、その『縮小薬』の独占、ってトコかしら?」
 リカコの挑戦的な発言に驚いていたリリィは、やがて微かに微笑を浮かべた。
「……ふふっ。おみごとですわ。へたな小細工は、やめにいたしましょう」
 リリィはその場で腕組みした。持ち上げられる形で、ただでさえ豊満な胸が強調される。
 つるぺったん体型のリカコは、その時点でムカッと来た。
「あな――」
「お・こ・と・わ・り・よ! 胸が大きいだけでみんなが言うこと聞くと思ったら、大間違いよ!!」
「…………私、まだ何も言ってないのですが」
 心なしか寂しそうにつぶやくリリィを無視して、リカコはきびすを返して玄関に向かう。
「とにかく帰って! 私はね、Eカップ以上の女と、カロリーゼロって売り文句だけは信じない主義なのよ!」
「そう……ですか。残念ですわ」
 リリィはため息をこぼすと、ぽつりとつぶやいた。
「……その縮小少年が、あなたの大切な方ですのね」
「――え?」
 リカコが振り向くと、リリィは「いいえ、何でも」と頭を下げるところだった。
「では後日。改めて、お伺いにまいりますわ。ごきげんよう」
 リリィはそれだけ言うとリムジンに乗り込み、黒塗りの高級車はどこかに走り去ってしまう。
「…………」
 最後の言葉が妙に引っかかり、不安に駆られたリカコは、ぎゅっと公斗を胸に抱き寄せた。
 もしかしたら……いや、今の段階では考えても仕方ないか……。
「……公斗。さっさと戻りなさいよ。なにしてんのよ」
「自分の意思で戻れるわけじゃねーんだよ」
「ふぅーん? 本当は、私に抱っこされて興奮してんじゃないの?」
「誰も興奮しねえよ。まな板に欲情するか?」
 ぶちっとリカコの大事な血管がイッた。
「いい度胸ね、公斗……今度こそ、我が相棒チェーンソーの出番かしら?」
「ま、待て! 何する気だ、おま――」
 公斗が叫んだ、その瞬間。


 ごごぉん、と爆音がして。


 地下室の換気ダクトから、もくもくと黒煙があふれてきた。
「……へ?」
 つぶやいたのは、公斗だったのか、リカコだったのか。



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