「天使のゆりかご」

( ホワイトデー )


【遅れてきたホワイトデー】




「……世界の危機だ。力を貸してくれ」

 3月も半ばを過ぎて――。
 公斗は、リカコとインテに頭を下げた。
「めずらしく殊勝ね、公斗ったら」
「なんかあったの?」
「……ほ……ほ、ホワイトデーを……忘れた」
 ふーん、と適当に聞き流そうとした女性陣だったが――
 はっと我に返る。公斗の「特定のお相手」は、ただの女の子ではない。
 身長300メートルの女の子なのだ。
「……あんた、まさか」
「たぶん……そろそろ、白亜も勘付く頃だ……」
「うわぁ、逃げる準備しとこ」
「破壊活動が始まる前提で動かないでくれ! どうにかしてくれ!」
「どうにもならないわよ」
 そそくさと逃げていくリカコとインテ。
「薄情者ぉっ! ……くそ、こうなったらリリィだ」
 携帯電話でリリィを呼び出す。プライベート用の番号だったおかげか、3コールで本人が出た。
『はい、どなた?』
「有家公斗だ! 頼む、大至急チョコを大量に用意してくれ!」
『ほほぅ。それはお嬢様からのご注文ですの?』
「いや、俺個人で――」
 プツッ!
 ……ツーツーツー
「あ、ああ、あの守銭奴メイドがぁ!」
 床に叩き付けた携帯電話がすごい勢いで吹っ飛んでいく。
 もはや万事休すか。
 おそるおそる、白亜が生活している巨人区画の様子をうかがうと……
 やっぱりというか何というか、ウサギのぬいぐるみを抱き締めた白亜は、ムスッとした顔で壁掛け時計を睨んでいた。あきらかに機嫌が悪い。
「……ま、まずい……兵力差は歴然だ」
 相手は、身長300メートルで怒っている美少女。
 対する公斗の切り札は、冷蔵庫に入っていた買い置きの板チョコ(食べかけ)である。
「……半分こ、って名目で渡すか」
 それで怒らなかったらむしろ後味が悪い。
「うわああああ! どうして忘れてたんだー!」
「!」
 ぴくっと白亜のお耳が反応した。
 冬眠から覚めたクマのごとく、のっそりとぬいぐるみを手放して歩いてくる。
「……有家さん……」
「ひぃぃっ!? ま、待ってくれ! 忘れてたけどチョコならあるんだ!」
「…………」
 じとっと薄く目を細めた白亜は、ひょいと公斗をつまみあげた。
 あーん、と口を開ける。
「え……ま、ままま、待っ」
「はむ」
 バクンッと口内に放り込まれた。
 いかに外見が華奢な令嬢でも、口の中は熱くて湿っぽい。ちゃんと手入れされてるから腐臭の類はしないが、やはり独特の匂いはする。
 相対的に3ミリの公斗は、舌を覆うぬるぬるの唾液に足をとられてしまった。
「うぉっ……う、動けねえ……!」
「……有家さん」
 ごぉっと強風とともに轟音が響き渡った。
 白亜の姿が見えないのに、白亜の声がどこより大きく聞こえる場所。それが彼女の口内。……ちょっと聞き取りづらいが。
「……私、チョコなんか、どうでもいいんですよ?」
「え……」
「有家さんに忘れられたのが……ぐすっ。悲しくて……悔しくて……っ」
 涙をすする声が、ぐさりと公斗の胸を貫いた。
 体は巨人でも、中身は少女なのだ。それも、世俗に疎いお嬢様である。
 ここ数日、公斗にも事情があったと信じて待っていたところで、本当に忘れていたなんて言われたら……。
「白亜……」
「ぐす……ごめんなさい。そこ、くさいですよね……すぐ出しますから」
 ぬっと入ってきた人差し指が、公斗を真上から押さえつける。
 唾液で指先に貼り付けられた公斗は、口内から救出された。
「白亜……ごめんな。俺が悪いよ……」
「有家さん……」
 お互いに言葉もなく、見つめ合っていた時、
 公斗の体が、指先からポロッとはがれた。
「おわぁっ!?」
 公斗はとっさに、白亜のワンピースの胸元にしがみつく。
 胸元、と言ってもリリィのような爆乳ではなく、リカコのようなペッタンコでもない。形よく、程よいふくらみだ。
 紐の部分にしがみついた公斗を、白亜は見下ろす。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……なんとか」
「…………」
 自分の服にしがみついている相対的に3ミリの公斗を見つめていた白亜は、くすっ、とイタズラを思いついた子供のように微笑んだ。
 彼をそこにしがみつかせたまま、自分の部屋に向かう。
「は、白亜?」
「……巨人の女の子を忘れた、うっかりな人間さんには、おしおきです」
 ぱたんと部屋の扉を閉めた白亜は、特注品の巨大ベッドに腰掛けた。
 大木を切り出して作り上げた巨大ベッドだが、身長300メートルの白亜が腰掛けると少し軋む。
「……うふふ。ぱたぱた」
 ワンピースの胸元を、軽くはたく。公斗はゴミのように吹っ飛んでベッドに舞い降りた。
「な、何するんだよ!」
「あら。それが巨人のおうちに迷い込んだ人間の言い方ですか?」
 白亜はベッドにうつぶせになると、公斗を真上から覗き込んだ。ニコニコと楽しそうに笑っている。
 その笑顔に、なんだか白亜の母・エリカの笑顔を重ねてしまう。白亜にも、隠れドSの気があるのだろうか。
「お、おい、白亜……さっき、お仕置きって言ったか?」
「もちろんです。二度と私を忘れられない体にしてあげます」
「これ以上の改造は勘弁してくれ……って言うか、何するつもり――ぶわっ」
 突然、亜麻色の綺麗な髪先が公斗を襲った。
 白亜が自分の長い髪の先をつまんで、筆のように公斗をなでている。
「ふふふ、それそれ」
「や、やめ……わぷっ、痛っ」
 3ミリの公斗にとっては、巨大な縄のような髪の毛である。
「有家さん、ちっちゃいから、迷宮ごっこもできますね」
 白亜は髪の毛を寄せ集めて、公斗がいる辺りにかぶせた。
 結構な量がある髪の毛に、公斗はすっかり埋め尽くされてしまう。
「え、お、おい! どこだ!?」
「くすくす。かわいいです。私からも見えませんけど……」
 絡み合い、あるいは滝のように視界いっぱいに広がる亜麻色の髪の毛。
 どこまでも続く樹海のような光景ながら、女の子特有の匂いが、ふんわりと辺りを包み込んでいた。
「う……」
 優しくて、甘い、白亜の香り。
 白亜に誘惑する気はないのだろうが、公斗の心臓を高鳴らせるにはじゅうぶんな誘惑だった。
 だんだんと、髪の毛の樹海が広がっていく。
 それはつまり、公斗の体が縮んでいる、ということだ。
「あれれ? 縮んでません?」
 ばさっ、と周囲の迷宮が一瞬にして上空に消えた。代わりに、白亜の指が公斗のすぐ近くに下りてくる。

 ズズン!

「うわっ!」
 10分の1になってしまった公斗にとって、白亜は3000メートルの大巨人だった。
 指一本が、すさまじく大きい。
「乗れますか?」
 白亜に促されて、指先によじ登る。
 もう、白亜の目には小さな小さな『点』にしか見えないだろう。
「…………」
 じーっと公斗を見つめた白亜は、ごくりと生唾を呑んだ。
 公斗の視界いっぱいに、白亜の唇が広がる。
 ……ちゅ。
 巨大な唇が、公斗に触れた。
「――!」
 白亜が唇を離すと、公斗は「いなく」なっていた。
「……? 張り付いちゃいました?」
 唇を鏡で見るが、それらしい粒はどこにも見当たらない。
「あ、あれ? 有家さん? どこですか~?」
 ちょうどその時、公斗は100分の1まで縮み、相対的に身長30000メートルとなった白亜の唇にくっついていたのだが……
 いい匂いがするおかげでなかなか元に戻れず、公斗はしばらく白亜の唇に張り付いていた。


◆ ◆ ◆


「……ちょっと堪能した」
 白亜の部屋から戻ってきた公斗は、10分の1サイズの状態で生活区域に戻ってきた。
 ソファに座り、小さくため息をつく。
「それにしても、なんで忘れてたんだ? むしろ、ここ数日の記憶があいまいなんだが……」
「はぁ、疲れたぁ」
 どしーん!
 突如として、視界いっぱいに広がった尻に押し潰された。
(ぐぇ……だ、誰だ、こいつ)
「いやー、それにしても仲直りしてくれたみたいでよかったねえ」
(八分寺インテ……か? どうりで尻でかいな……)
 それ以前に、17センチある物体を尻で潰せば気づくはずだが……わざとなのだろうか。
「ああ、そうねー。白亜ちゃんとケンカされたら一大事だし!」
 どうやらインテの他に、リカコもいるらしい。
「そしたら、わたしもリチャコも大変だもんね」
「まぁね! インテの色香で小さくした公斗を捕まえて眠らせて実験してる間にホワイトデー過ぎちゃった時には、どーしようかと思ったわ!」
(……ほほぉぉぉぉぉう)
 鮮明に記憶がよみがえり、ビキビキビキと公斗の額に青筋が浮かぶ。
(元に戻ったら覚えてろよ……!)
「……リチャコ、なんか寒気がするんだけど……風邪ひいたかなぁ」
「試作品の『風薬』飲む? くしゃみで、パンチラ必至の突風が起こせるわよ」
「それ、肝心の風邪が治ってないよね」
 のんきにツッコんでいるインテの尻の下で、公斗は復讐の炎をめらめら燃やすのだった。


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