「天使のゆりかご」

( 短編 )



【その1】


【リリィの時間旅行】




「ついにタイムマシンを開発したわ!」
『やったのれす、リカコしゃま!』
 リカコが快哉を叫び、その相棒が賛辞を送る後ろ姿を、応接室のソファに腰掛けたリリィは無言で見つめる。
 ずずーっとお茶をすすった。
「……で? 私が呼び出されたのは、そのタイムマシンを買い取れとのことですか?」
「惜しい! 試運転に付き合って欲しいのよね!」
「どのあたりが惜しかったのか解りませんが……そもそも、試運転をなぜ私に?」
「おっぱいはヒットポイントだって某有名人が言ってたから」
「ああ、なるほど、胸囲が1メートルを軽く超す私なら、だいたいの危険からは生きて帰れると……ふーん……」
 ちょっと納得しかけたリリィだったが、慌てて立ち上がる。
「いやいや、ない! ないですわ! 胸だけ見れば確かにヒットポイントありそうに見えるかも知れませんが、私のステータスは基本的に勇者でも戦士でもなく、か弱い商人――」
「んじゃ、30分で戻るように設定しておくから。一応」
「ひとの話をお聞きなさい!」
 リリィは止めたが、やっぱり、リカコを止めることはできなかった。
 一見すると普通に見えるソファごと、リリィの姿が消える。
「ふっ……ソファ型にすることで、長旅の悩みである、おしりの痛みを軽減したわ。私ったら天才ね!」
『時間旅行でおしりって痛むんれすか?』
「知らないわよ、使ったことないし」
『まさにバカなのれす』
「さてと、リリィが戻ってくるまでヒマになったことだし……」
 真顔で言い返したリカコは、30分に設定した目覚まし時計を机に置いた。
「さぁ! 今のうちにカップラーメンを10個作るわよ!」
『それより、リリィしゃまの差し入れの生チョコを食べたいれす! ランチーが8割れす!』
「そうね! むしろ、リリィにお礼のカップラーメン持たせればいいわね! 生チョコは私が8割よ!」
「……おまえら、意地汚いぞ」
 そもそも、30分で10個きっちり作ったら、いつ食べるつもりだったんだ?
 応接室の片隅で一部始終を眺めていた公斗が、ぼそっとつぶやいた。


「……あ、あのポンコツ科学者、いつか屈服させてやりますわ……」
 ソファから投げ出されて、地面にうつぶせで倒れていたリリィはあふれる怒りと屈辱のあまりブツブツと呪詛をこぼした。
 幸い、おっぱいがクッションになってダメージは少なかったが。
「まったく……」
 ため息をつくと、顔の間近にあった地面の砂が舞い上がった。
「……ん?」
 砂と一緒に、雑草が根っこごと吹き飛んでいる。
 まとめて、灰色のゴミみたいなモノも。
「? ……なんでしょう、これ」
 豊満な双乳をメイド服ごと地面に押し付けながら、眼下のゴミに顔を寄せる。
 灰色の細長いゴミは、大きいものでさえ、2ミリもない……。リリィのまつげよりも短い。
 試しにつまみあげると、爪の間で粉々になってしまった。
「もろいですわね……。では、これなら?」
 リリィは地面に爪を立てると、ゴミを地面ごと削り取った。
 細長いのは崩れてしまったが、なんとか全体的な原型は保っている。リリィは体を起こし、改めて爪の先に乗せたゴミを覗き込んだ。
 灰色のデコボコに、砂粒のような何かが密集している。もっと小さい、何かの視線を感じるような……。
「これは……街? だとすると、私は……」
 リリィは、思わず周囲を見回す。
 地平線は大きく曲がり、数歩も歩かないところに水溜りのような海がある。どうやらリリィは大陸の上に座っているらしいが、星で玉乗りでもしているような縮尺だった。
「……リカコ様……またおかしなモノをお作りに……」
 はーっとため息をついた拍子に、爪の上に乗っていた街が土ごと、爪からこぼれた。
 豊満な胸の谷間あたりにぶつかり、くしゃりと弾ける。ビルや民家が、ミクロの人間とともにリリィの胸元に付着した。
「あん。……ふふ、私の『胸が弱い』ことをご存知なのですか?」
 ぐぐいっと胸を重たそうに持ち上げると、胸が揺れた勢いで街の残骸はさらに砕け、さらさらと谷間に流れていく。
 谷間付近についたゴミを、リリィはそっと指先で谷間の奥に押し込んだ。
「うふふ……そういえば私ったら、このあたりに、うつぶせに倒れていましたわね」
 リリィは、ズシンと轟音を響かせて立ち上がる。
 うつぶせに倒れていた時に、体の下敷きになった場所はことごとくすり潰されていた。特に胸が押し当てられた空間は、半球型の巨大なクレーターが並んで出来上がり、そこにあった街や山を全て地下深くにめり込ませていた。
「あん、恥ずかしい……私のおっぱいの形が、地球に残ってしまいましたわね。これも、パイ拓というものになるのでしょうか?」
 リリィはパンパンと胸元の砂を払い、そのたびに大きく胸が弾む。
 ・・・・・・ぶるうん・・・・・・ぶるうん・・・・・・!!
 まさに小惑星サイズの乳房が、人々に見せ付けるように唸りを上げる。
 興奮と同時に、むくむくと乳首が勃ってしまう。これだけでも、地上の人間にとっては山と同じか、それ以上の巨大さだろう。
 この巨大さなら、胸を押し付けた時、メイド服の繊維の隙間から中に迷い込んでしまった人間もいたはずである。彼らは今、リリィの乳首をどう感じているのだろう。
 想像したら、さらに乳首が勃ってしまった。
「ふふふ……なんだか、アツくなってきましたわ。あなた達のせいで……♪」
 くりくりと、服越しに乳首をいじる。これだけでも、中に迷い込んだ者達には大異変だろう。
 超巨人となったリリィは、眼下の大陸をイタズラっぽく見下ろした。
「私が満足するまで、責任……とっていただきますわよ」
 言うや否や、リリィは前に一歩、踏み出す。
 人間が1ヶ月かけて歩き、登らなければならない距離と山をひとまたぎで越え、その先にあった大都市をヒールのある靴で踏み潰す。
「コケを踏んだような感覚ですわ」
 幾千ものビルと人間を、ぐりぐりと踏みにじってすり潰す。
 瞬く間に、大都市は地面と混ざり合って消滅してしまった。
 ズズン! ドズン! ズズン!
 リリィが無造作に歩くたびに、小石のような山は圧縮され、ゴミのような都市は踏み潰される。
 大陸にはリリィの足跡がいくつも刻み込まれ、そのひとつひとつが、世界最大の湖に匹敵するような巨大さだった。
「ふふ……あら、いけない。ソファから離れすぎると、何かあった時に困りますわ」
 ズズン、ズズン、ズズン!
 リリィが足早にソファまで駆け寄る間、地上ではすさまじい衝撃波と破壊が発生していた。
 大都市を覆い尽くすほどの靴底が、手加減なしに地上を襲うのだ。ビルは粉砕し、人々は彼女の脚やスカートが巻き起こす強風に舞い上げられる。
 リリィがソファに触れた瞬間、破壊は収まった。
 しかし、事態は解決したわけでも、よくなったわけでもない。それどころか……。
「あら?」
 グググ……とリリィの視界が上昇していく。
 ソファに触れた途端、彼女の体は再び巨大化を始めていた。
 大陸全体が、リリィの影に包まれる。
 もう、靴の一踏みで大陸全体を踏み潰してしまえるだろう……そんな巨大さだった。
 リリィは眼下の大陸を見下ろし、ほくそ笑む。
「くすくす。……そろそろ、私のおっぱいを満足させていただきますわね」
 そう言うと――
 リリィは、大陸の真上に、おっぱいで狙いを定めた。
 うつぶせに倒れていく。
 地上の人々は絶叫していた。頭上から、空を全て覆い尽くす惑星サイズの乳房が迫ってくる。おっぱいで潰される、遊び潰される屈辱と恐怖に人々は悲鳴を上げた。

「あふん♪」

 大陸は、リリィの下乳によって、まるごと地下深くに沈められた。
 リリィが起き上がると、大陸があった場所は跡形もなく沈み、海の底になっていた。
「あら、やりすぎてしまいましたわ。まだまだこれからなのに……」
 残念そうに言った時、ソファの装飾が、ちかちかと明滅した。
 リリィの視界から大陸と空と宇宙が消えて――


 ――気づくと、応接室だった。
「きゃあ!」
「うぉっ!?」
 どうもソファ型タイムマシンの構造上、到着と同時に前に放り出されるのは仕様らしい。
 またしても、うつぶせに倒れたせいでなぜか縮んでいた公斗を胸で押し潰してしまった。
「……あら? 戻ってきたようですわね」
「お、重い……この! 早く退け!」
「女性に対して重いとは、いろいろと失礼ですわね」
 リリィは起き上がりつつも、公斗をつまみあげて、ピンと指で弾いた。
 ゴミのように吹っ飛んでいく公斗。
「……こほん。このソファ、まだ改良が必要ですわ」
「マジデ?」
「で、でも……まぁ、か、買い取ってさしあげてもよろしいですわよ?」
 頬を紅くして視線を泳がせるリリィに、リカコとランチーは顔を見合わせた。


 結局、そのおかしなソファは、リリィが買い取ることになった。
 そして……
(……ちょっと、むずむずしますわね)
 胸を押し付けた時からだろうか。戻ってくるまで気づかなかったが、乳首の中に都市やビルが入り込んでいたらしかった。
(ふふ……せいぜい、楽しませていただきますわよ)
 自分達のいる場所を理解しているかさえ解らない彼らを、どうやってもてあそうぼうか。
 それを考えると、リリィはついつい顔を赤らめ、乳首を大きくしてしまうのだった。




★ ☆ ★ ☆ ★




【その2】


【白亜お嬢様、あんよ戦記】


「待っててくださいね、有家さん。お魚を焼きますから」
「お、おう……」
 フライパンの上で小魚のように焼かれるホオジロザメどもを見て、公斗は少しばかり身がすくむ。
 鼻歌まじりに小魚(?)を転がし、台所をうろうろいていた白亜だったが……
「痛っ」
 突然、びくっとして立ち止まった。
 巨人用のテーブルにちょこんと乗っていた、相対的に3ミリ程度の公斗が慌てる。
「は、白亜、どうした!? ヤケドでもしたのか!?」
「い……いえ、なんともないです。何か踏んだような気がしたんですけど……」
 強がっているが、相当に痛かったらしく、大粒の涙がにじんでいる。涙だけで公斗の体積より大きそうだ。
「何か刺さってるんじゃないのか? 見せてみろよ」
「だ……だめです。未来のご主人様に、足の裏を見せるような真似はできません」
 確かに、ふたりの縮尺の差からして、ドーンと白亜の足裏が視界いっぱいに広がることにはなるが。
「いや……俺は気にしないし、こういう場合なら別にいいんじゃ…」
「だめったら、だめです」
 つんと白亜はそっぽを向いた。
 そんな強情なところも可愛いが、三歩進むたびにビクッと立ち止まる姿は見ていられない。
(……しょうがないな)
 公斗は特設エレベータ(オモチャ)でテーブルから降りると、小魚を焼くために立ち止まった白亜の足元に駆け寄った。
 ほとんど屋敷から出たことがない――というほどではないが、生粋のお嬢様である白亜の肌はひどくなめらかで、雪のように白い。
 華奢な肢体と相まって、強く抱き締めたら壊れてしまいそうな印象だった……あの日、巨大化するまでは。
(でけえ)
 近くで見ると正直でかい。相対的に3ミリほどの公斗にとっては、白亜の足の小指ですら丸太より巨大だ。
 ましてや、足全体ともなると……。
(い、いや、気圧されてどうする俺! 早く足に刺さった何かを抜いてやらないと……)
 急がなければ、白亜はまた動き出してしまう。
 うっかり踏み潰されたりしたら!
 ……まあ、耐久力だけは超人だから死なない。けど、白亜はびっくりして泣いてしまうかも知れない。それはNGだ。
(よし、行こう)
 白亜の足をよじ登る。
 一見、まっしろで綺麗な脚だが、さすがに人間並みのシワは存在する。相対的に3ミリの公斗なら、それを使ってよじ登ることは可能だった。
 小指を登るのに3分近くかかる。
(ふぅ、やっと――)
「お塩はどこでしたっけ……」
 ズズン!
 公斗が乗っている足がなにげなく動き、吹き飛ばされそうになった公斗は慌てて白亜の爪にしがみついた。
 幸い、塩はすぐに見つかったらしく、足の動きは止まる。
(あ、危なかった……)
 だが、油断はできない。
 白亜が、公斗のいなくなったことに気づく前に戻らなくては。
 様子をうかがおうと、ちらっと頭上を見上げた瞬間――
「お塩っ、お塩っ」
 上機嫌で塩をふりふりしている白亜の体は揺れ、スカートもひらひらしている。
 その向こうに――
 黒い下着。
(なぜ黒!? 誰が何を吹き込んだんだ! リリィか!?)
 薄手の黒いレース下着は、どう見たって白亜の趣味ではない(と思いたい)。
 ……しかし、その色とフリル、扇情的な見た目は疑いようもなく、ましてや着用しているのは紛れもなく白亜であり……。
 気づいたら公斗の体は小さくなっていた。
(じ、自分の煩悩が憎い……)
 さっきより100倍ぐらい広くなってしまった爪の上を、ちょこちょこ走り抜ける。
(よく考えたら、下から確認した方がよかったのか?)
 ふと、そんな当たり前のことが今さら思い出されたが――
「有家さーん、味見してください」
 くるりと白亜が振り向いた。
 すさまじい突風が吹き荒れ、公斗の体は爪の上から、白亜の足指の間に転がり込んでしまう。
 臭いはそれほど感じないが、足の指の間に挟まっているという事実の時点で屈辱的な状況だった。
 ただの屈辱感でもなく、相手が白亜なせいか、公斗の中にも妙なモヤモヤが……。
(……でもこのまま挟まってるわけにもいかないな)
「あれ? 有家さん? どこですか?」
 台所を歩き回る白亜。
 足指の間で潰されないようにしながら、ゆっくりゆっくり移動していく。
 体が小さくなっていることもあって、相対的なサイズ差は約20000倍ぐらいだろうか。ただし、リリィの胸の谷間よりは隙間が多く、移動はし易かった。
 なんとか、外の光が差し込む場所に出る。
(……あれ?)
 頭上に、半透明の天井があった。
 どうやら足指の間を移動している間に、真上ではなく斜めに登ったため、爪の下に出てしまったらしい。
 爪と肉の接合部分……ここに針が刺さると痛い。非常に痛い。
 逆に言えば、ここに刺さっていたら強がるどころでは済まないはず。
(ここじゃないか……。……さすがに、もとのサイズに戻るまで待った方がいいか……?)
 爪の隙間としか言いようのない微かな空間が、今の公斗にはすさまじく広大な世界だった。もう、ここがどの足指かさえ解らない。
 白亜が歩く衝撃波から身を守るため、肌のわずかなシワに身を隠さなければならなかった。
(くそ……このままじゃ、どうしようもないな……)
 幸い、爪の垢みたいなものは見当たらない。
 そこまで考えて――爪の垢がないということは、白亜が手入れしていることに気づく。
 ずっと隠れていたら、溜まりかけの垢と一緒にお掃除されてしまうかも知れない!
(ど、どうする? どうすれば……!?)
 考えれば考えるほど、さっきの黒下着が脳裏を過ぎる。
(――――!)
 その時、公斗の視界に、巨大な鉄の柱が舞い降りてきた。


「……まったく。なぜ私がこのようなことを……」
 ぐちぐちと文句を言いながら、ピンセットを握る雪芽。
 椅子に腰掛けた白亜は、むーっと眉根を寄せた。
「……何か言いました? 私、有家さんにお昼ごはんすっぽかされて、きげんが悪いですよ」
「な、なんでもない。……これか?」
 白亜よりは小さいが、人間から見れば巨人である雪芽はピンセットを使って、白亜の足裏に刺さった材木を引き抜いた。
「ん……たぶん、それです。ありがとうございます」
「……待て。まだ何かあるぞ」
「ゴミなら、あとでお手入れする時に……」
「……いや。何か動いてる」
 雪芽はピンセットで、何かをつまみあげた。
「そこに何かあるんですか? 小さすぎて見えませんね……」
「……私にぎりぎり見えるぐらいだ。まあ。虫だろうな」
 雪芽は、ぽいとゴミを捨てた。


 ……結局、焼き魚が冷め切った頃に公斗は戻ってきた。
「た、ただいま……」
「……おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」
 つーんとそっぽを向いたまま、ひとりで冷めた焼き魚を食べる白亜。ジョーズばりの巨大魚が、白亜にぺろりと平らげられていく。
「いや、その……ごめん」
「…………」
「気になることがあったんだ。白亜、おまえ……誰かに変なこと吹き込まれなかったか? 下着のこととか……」
 ビクッと白亜の巨体が跳び上がる。
 お茶で口をゆすいだ白亜は、ゆっくり、公斗に唇を近づけてきた。
「…………」
「え? ま、待て、白亜。心の準備が……!」
 止めようとしても、相対的に3ミリの公斗には白亜を止める術がない。
 白亜の綺麗で柔らかそうな唇が、視界いっぱいにキスの形を作り――

 ふっ

 かるーく吹きつけた吐息で、公斗を吹き飛ばした。
「……えっち」
 頬をほんのり朱色に染めた白亜は、もじもじと体を揺すっていた。
 寝室の方向に吹き飛ばされた公斗は、その後、しばらく行方不明になっていたが。


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