「天使のゆりかご」

( エピローグ )


 ――1ヶ月後――


 ――日曜日/昼――


 リカコが記憶をなくしたのは、数年前の実験事故。
 花風家の出資によって、この治々美市で開催されたロボット実験に、公斗とリカコは訪れていた。
 そこには花風家の関係者として、マリもパトロールを行っていた。
 だが、陳列されていたロボットの一体が暴走。
 マリの目の前で、ロボットに吹き飛ばされたリカコは、記憶を失ってしまったのだ。
「……じゃあ、もしかして、ときどき変なことを言うのも?」
「いや、あれはもとから」
 白亜の手のひらに乗って、公斗はツッコんだ。
 ちなみに、公斗は小さくなっていない。
 彼女の手のひらから見渡した世界は、とても見通しがよかった。
「ま、俺もリカコもすごく子供だったからな。マリさんの顔も忘れてたし、八分寺の両親が出席してたなんて知らなかったし」
「……そんなこと、ちっとも知りませんでした。わたくしのせいです。何かご協力したいのですけど……」
「いや、花風家は悪くないし」
「あの……リリィさんにお願いして、暗示療法を試していただくのは?」
「気持ちはありがたいけど、今までどおり、じっくり待つよ。あいつ、自分の両親は外国にいると思い込んでるしな」
 急に正しい記憶を押し付けても、混乱してしまうだろう。
 自然に思い出してくれるのを待つために、何年も前から、地下室つきの貸家が与えられているのだ。……他ならぬ花風家から。
 白亜はため息をついた。
「お母様って、本当に、顔に出さないのですね……ひどいです」
「俺も実際に会ったの初めてだったけどな。気を遣ってくれたんだろ」
「……わたくしに近づいたのも、その縁ですか?」
「ち、ちがう! それは全然別の話だ! だいたい、その辺のやり取りはまだガキの頃に大人同士が……!」
「ふふ。冗談ですよ」
 ぬっ、と白亜の可愛い唇が視界いっぱいに広がる。
 ――ぷるん、と。
 巨大な唇に、キスされてしまった。
「……は、白亜。大胆になった……?」
「うふふ。だって、わたくしからしないと、有家さんは唇に届きませんから」
 恥ずかしそうに頬を紅く染めた白亜は、いたずらっぽく公斗をつっついた。
 公斗の体が、少し小さくなってしまう。
「あ、ご、ごめんなさい。痛かったですか?」
「いや……大丈夫。体だけは丈夫だからな」
 申し訳なさそうな白亜に、公斗は笑う。
「それにさ、白亜。あいつはあいつで楽しそうなんだ。俺は満足だよ」
 白亜の手のひらから見下ろすと、そこには、輸送船から運び込まれた機材に大興奮のリカコとランチーがいた。
「うっほぉぉぉぉぉぉ! すっごーい、すっごいわ! さっすが天下の花風家!!」
『これで大海神ポセイドンが造れるのれすね! 七つの海はオレのモノれす!』
「あ、あのー……わたくしをもとに戻す方法も、お願いしますね」
 白亜がおそるおそる言うが、興奮しているリカコ達は気づかない。
 リカコはさっそくランチーに命令して、彼女が呼び出した四足ロボット達に機材を運ばせていった。
 なお、治々美市ドームから接収した四足のガードロボット達にとって、ランチーはどうやらアイドルのような存在らしく、ランチーの命令には逆らわなかった。
「いつになったら、戻れるのでしょう……」
 はぁ、と思わずため息をついてしまう白亜。
『物体拡大砲』で巨大化させられた白亜は、いまだに巨人のままだった。
 防御力だけは無敵だが、興奮すると小さくなってしまう公斗の特異体質もそのまま。
 とりあえず、巨人となった白亜が普通に生活できるだけの土地はあるのだが……
「……海のド真ん中です」
 白亜は、花風家が買い取った島とはいえ、孤島での生活を余儀なくされていたのだった。




「……まったく……ずいぶん派手に動いてくれますわ」
 中継の船を通じて、当たり障りのない部分だけテレビに流れる『リカコ島』の映像を見て、ソファにふんぞり返ったリリィはため息をついた。
 ここは、主のいなくなった治々美市ドームの執務室。
 正確には、新しい主のモノになった治々美市ドームの執務室。
「ま、ソラツオーベル裏商会の情報統制力を、甘く見ていただいては困りますわ」
 このぐらいの隠蔽は何とかなる。そう、リリィは踏んでいた。
 辺りに人の姿は見当たらないが、彼女は気にせず続ける。
「加えて……このドームは、市長様の失踪によって危うく行き場をなくすところでしたので、私どもで買い取らせていただきましたわ。混乱に乗じて、底値で買い叩いてしまいましたが」
 ふふん、とリリィは胸を張る。
 豊満なバストが、ぼいんと揺れて……その上に乗った虫のような男が、悲鳴を上げた。
「ふふ。まぁ、花風家のお嬢様が出る際に天蓋は壊してしまいましたが……市民の憩いの場ぐらいにはなるでしょう」
 クレジットカードをちらっと見たリリィは、こらえきれずに笑ってしまった。
「市長様から小切手でいただいた裏切り報酬5000万円、どさくさに紛れて回収した『物体拡大砲』、執務室に残っていた戦闘ロボット技術のデータロム、底値で手に入れた今後有益に使えそうな大型ドーム……あぁ、笑いが止まりませんわ!」
「……こ、こらぁ! もとに、戻せー!」
 胸の上で抗議した虫……もとい、1センチに縮小した治々美行人を、リリィは指先でひょいとつまみあげた。
 ぴーぴーと喚く彼を、リリィは胸の谷間に放り込む。
 リカコの作った『超人薬』が、体の強化、興奮時の縮小、永続効果があるのに対し、
 リリィの持っている『縮小薬』は、一時的にだが強制的に相手を小さくしてしまえる。そして何より、体を強化する作用が、『超人薬』と比べると圧倒的に弱い。
 それはつまり……簡単に潰れてしまう、ということだ。
「……黒は、より濃密な黒に塗り潰される。この一ヶ月、私のペットになって、よく解ったでしょう」
「や、やめろ、助けてくれ……頼む、金ならある。なぁ、そうだ、手を組んでも……」
「そろそろ頃合ですもの。私が今いちばん欲しいものは、あなたの悲鳴ですわ」
 リリィはそう言うと、谷間を広げていた手を放した。
 ぼよんと胸肉が弾んで密着する。微かに聞こえた金切り声は、すぐに聞こえなくなった。
 軽く胸を寄せて、クスッと微笑む。
「……やっぱり、私にはこちらが性に合っていますわ。証拠も残りませんし――」
 その時、ぷるるる、と私用の携帯電話が鳴った。
 少し驚いたリリィは、ふっと嬉しそうに表情を崩す。
「そうでした……いちばんの収穫は、気の合うパートナーですわね」




「――うん。解ってる、諦める気なんてないよ」
 花風家が買い取った孤島の片隅で、インテは固定電話を使っていた。
 どこの本土からも遠いので、携帯は繋がらないことが多いのだ。
 市長から解放されたインテの両親はリカコと一緒に研究をすることになったし、思い出の家を潰した治々美市長は退治されたわけだが、インテ(と、アーノルド達)の計画は終わらなかった。
 なにせ、リリィという仲間を見つけたのだ。
「そう、縮小薬をね……町の人達に……うん、うん」
「我々も客人を受け入れる準備をしておこう」
 思った以上に気が合ってしまったインテとリリィ(ついでにアーノルド達)は、『町中の人々を縮小して、昔の治々美市をミニチュアとして復活させる』計画を練り上げていた。
 ……が。
「ずいぶん楽しそうだな、貴様」
 背後からマリの声がしてインテは硬直した。
 じろっ、と怪訝な視線で睨まれ、冷や汗が背中を伝う。
「や……やだなー、マリさーん。怖い顔しちゃってー」
『そうですわ、かわいい顔が台無しですわ、マリ様ぁー』
「電話で顔が見えるか! そもそも! 貴様らにあだ名で呼ばれる筋合いはない!」
 かっとなって言い返したマリは、次の瞬間、ハッと我に返った。
 インテの視線が、まじまじとマリを見ている。
 ふと周囲を見回すと、リカコやランチー、白亜の手のひらに乗った公斗、手伝いに来ていたメイド達までもが、マリの方を見ていた。
『あだ名……?』
 電話口で、リリィがポツリとつぶやいた。
 頭上から覗き込んでいた白亜が、くすっ、と困ったように微笑する。
「今さら、ですけど。マリの本名は『マリア・ケアリー』ですよ」
「お嬢様それは!」
 慌てて白亜を止めようとするが、時すでに遅し。
 今になって明かされた真実に、公斗達から怒涛の驚愕が波を打って発生した。
「ま、マリア!?」
「うそ、ハーフだったんだ!」
「白亜ちゃんがいつも『マリ』って呼んでるから、てっきり本名だと思ってたわ……」
『本物のマリアしゃまれすかー!?』
「き、貴様ら、へんに騒ぐな! 私がマリアなら何か悪いのか!?」
 手を取り合って「きゃー」と歓声を上げるメイド達を、怒鳴って追い散らすマリ。そんな下界を、白亜は楽しそうに見下ろす。
 メイド達を散らしたマリは、涙目で白亜を見上げた。
「お、お嬢様。意地が悪いです……」
「ふふん。わたくしに黙って、勝手をした罰です」
 白亜は自慢げに言うと、そっとマリをなでた。
「……次からは、相談してくださいね。わたくしも、マリに頼ってもらえる、いい主を目指します」
「っ! ――はい。お嬢様」
 雷に打たれたように棒立ちになったマリは、黒服のひざが汚れるのも構わず、その場でひざまずいた。
 よしよしと白亜が小指の先でマリをなでていると、ズンズンと足音が近づいてきた。
 赤いゴスロリ服の雪芽だ。……すっかり怯えているが。
「は。白亜さま……紅茶が。入った……入りました」
「はい、よくできました。ありがとう、ユキ」
 白亜は、足元の研究施設を揺さぶらないよう、慎重に立ち上がった。
 雪芽が歩いただけでも大変だが、白亜はさらに彼女の3倍以上ある。へたに動けば、リカコの大目玉どころでは済まないだろう。
 立ち上がった白亜を見上げて、雪芽はビクッとすくみあがった。白亜は優しく彼女の頭をなでる。
 ふと、公斗と雪芽の目が合った。
「……今に。見ていろ」
「ほほぉ? おい、白亜、聞こえたか? こいつ――」
「まっ待て! 白亜さまにだけは……!」
 言いつけられそうになった雪芽は慌ててごまかそうとし、白亜に怒った目で見下ろされて、慌てて逃げていった。
 ドズンドズンと轟音が響く。
「ちょ、ちょっとー! 白亜ちゃん、しつけといてよー!」
「ごめんなさい。でも、けっこう可愛いのですよ」
「そりゃ白亜ちゃんから見ればそうでしょーけども!」
 抗議するリカコ達を踏み潰さないように、ひとまたぎで研究所ごと通り越した白亜は、島の中心に建てられた『小屋』を目指した。
 ほとんど白亜と雪芽が組み上げた『小さな』建物だが、公斗達にとっては、300倍サイズの白亜が住める巨大な神殿だ。
 今や、本当に地上を見下ろす天使となった白亜は、公斗とともに、その小屋に入っていった。

 超人と天使。

 ふたりきりに、なるために。








【――ひとまず、END】


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