「天使のゆりかご」

( 最終話 )


【ヒトを超えた存在】


 ――金曜日/深夜――


 ――土曜日まで、あと57分――


「う……うぅん……」
 リカコは、全身に響く鈍い痛みに呻いた。
 ぼやけた視界に、同じく呻いているインテと、ふたりを不安そうに見守るランチーの姿が映った。
 同時に、周囲をぐるりと取り囲む、鉄の柵も。
「ここは……」
「――気がつきましたかな? かわいいお嬢さん達」
 下卑た男の声音がした。
 鉄の柵の向こうに、大きな執務机にどっかりと居座った、これまた大きな巨漢が、サイズの合ってないスーツに身を包んでいる。
 顔は明らかな野獣ヅラだった。
 幸い、縮小されているわけではないが、この鋼鉄の檻を用意させたのは、この巨漢で間違いなさそうだった。
「あんた、何のつもりよ……獣人」
「待ちなさい、誰がケダモノですと。誰が」
 意外と普通にツッコミを返してくる巨漢に、リカコとの間で奇妙な友情が芽生えそうになった瞬間――
 彼の後ろに控えている、爆乳メイドに気がついた。
「げ! あんた、まさか!」
「……何か?」
「何か? じゃないわよ! 裏切ったわね!」
 鉄格子にしがみついて喚き立てるリカコを見て、リリィは、ふっと鼻で笑った。
 巨漢が豪快に笑い出す。
「カァァァァァッハッハッハッハッツ!! そのとおり、彼女は私についたのです。そこのお嬢さんを手土産にねぇ?」
「……悪く思わないでくださいな、インテ様」
 リリィは、胸の谷間から抜き取ったクレジットカードを左右に振った。
「私は『商人』ですの。ソラツオーベル裏商会の利になるのなら、誰が相手だろうと関係ありませんわ」
「……」
 気落ちしすぎて、答える様子もないインテ。
 巨漢は立ち上がり、手元のリモコンを操作した。
「さて、お嬢さん達。君達は光栄です」
 背後のシャッターが上下に割れて、外の明かりが差し込んできた。
 いや、ちがう。天蓋を閉じたドームの内側だ。
 外界から隔離された空間に、広大な芝生。山と積まれたガラクタの山。
 その頂点に設置された『物体拡大砲』。
 天を仰ぐように、巨漢は両手を広げた。

「ついに、カギは揃った……
 この、治々美行人が、世界を変えるカギが!!」

 治々美行人(ちぢみ・ゆきひと)――
 巨漢の名を聞いたリカコとインテが、はっと目を見開いた。
「あんた、もしかして!」
「市の名前と同じって言われてる……市長さん!?」
「……いや、顔を見た時点で気づいてくださいよ。ニュース、見てますか?」
 心なしか寂しそうにつぶやいた治々美に、なぜか顔を赤くしたリリィが視線をそらす。
「……私としたことが……」
「知らないで私についたんですか、あなた……」
 地獄耳でリリィの小声をキャッチした治々美は、すぐに「まぁいいでしょう」と気を取り直した。
「この私の名を知らない者は、今夜を限りにいなくなります。お嬢さんの発明品のおかげでね」
「……あんたに、あれの使い方が解るもんですかってーの」
 あくまで強気を崩さないが、リカコも薄々、感づいていた。
 起動に必要な『超人の血』をピンポイントで狙ってきたこと。
 人間の代わりに、自立制御のロボットを護衛に配備していたこと。
 そして、何より……
『吸血するゴスロリ美少女』なんていう趣味と実益を兼ね備えたものを手駒に加えていること。
 もはや間違いない。
「カハハハハハ……気づいているようですね、島リカコさん」
「……ええ……あんたは……」

 私の同類だ。

「少し解体して、中を見させていただきましたが……いや、素晴らしい。感謝しますぞ」
 リカコ同様にマッド・サイエンティストな治々美は、手元のリモコンを操作する。
『物体拡大砲』が回転し、下方に狙いを定めた。




 頭上から、キリキリと機械が回転する音が聞こえる。
 白亜を追い詰めていた雪芽が、ふわっと距離をとった。
「……起動はしたが。フルパワーではないな。父上め。余興でもしろと仰せか」
 頭上の『物体拡大砲』から、七色の不可思議な光が放たれた。
 光に包まれた雪芽の体が、身にまとった衣装とともに、むくむくと、ぐんぐんと巨大化していく。
「あ……あ……」
 へなへなと腰を抜かしてしまう白亜。
 10倍――16メートルにもなった雪芽は、白亜をひとまたぎにしてしまいそうな巨人となっていた。
「……まずは。こんなものか。……まあいい。遊んでやろう」
「ひっ!」
「――やめろッ!」
 髪の毛のロープをほどいた公斗は、すばやく白亜の胸ポケットから飛び出した。
 伸ばしてきた雪芽の腕に飛び乗り、駆け上がる。
「……うるさいハエめ」
 雪芽が軽く細腕を振るうと、相対的にゴミのような公斗は、あっけなく吹き飛ばされてしまう――
 ――かと思いきや、ドレスのフリルにしがみついて、なんとか耐えた。
「白亜に手を出してみろ……おまえの耳の中で暴れてやる!」
「……ならば。その前に叩き潰すまでだ」
 腕のフリルに隠れた公斗の頭上に、巨大な手のひらが迫ってくる。
 バチン!
 蚊を叩き潰すようなしぐさで腕を叩く雪芽。その衝撃波だけでも公斗の全身を震わせる。
 16メートル、対、5センチメートル。
 換算すれば、1600センチメートル、対、5センチメートル。
 じつに、320倍もの体格差がある両者の戦いは、一方的だった。
 潰される直前、腕から飛んで腰のリボンに逃げる。しかし、それを読んでいた雪芽が腰の大きなリボンを手でばさばさ揺らすと、公斗は吹き飛ばされてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
 ぐるぐると宙を舞い、芝生のド真ん中に墜落する。
 あのリカコが『最強の盾』と言い切るだけあって、公斗にケガはなかった。
「……くそっ! どこまで吹っ飛ばされ――」
 ズシン
  ズシン
   ズシン
 地響きが近づいてきて、周囲が暗くなる。
 見上げる前に、公斗はその場を逃げた。
 ――ズドォン!!
 ついさっきまでいた場所を、いかにも西洋人形ふうの紅い靴が踏みつけた。
 相対的に、公斗は5ミリほどしかない。エリカの時と違い、雪芽には手加減が感じられなかった。
 踏み潰されたら、さすがに……。
「……しぶといな。小虫が」
 脚を上げて足元を確認した雪芽は、めざとく公斗を見つけて、冷たく言い捨てた。




「公斗が戦ってるの……?」
「ここからでは見えませんが、そうでしょうな」
 リカコの言葉に、くっくっと治々美は意地悪く笑った。
「あぁ、長かった……長かったです、ここまで!
 ……何人もの技術者を勧誘しては協力させ……いくつもの土地を買い占めては再計算し……ようやく、新時代の始まりにふさわしいドームを用意した!」
「!!」
 インテの体が、びくんと跳ね上がった。
「……あなた……あなたなの……? 私の……」
「ん?」
「私の……大事なものを奪ったのは……!」
 リカコを突き飛ばすように押しのけて、彼女は喚いた。
「教えてよ! 私の……私の……私のパパとママは、どこ!?」
「はて? お嬢さんの名前は?」
「八分寺!」
「あぁ……聞き覚えぐらいはある気がしますなぁ」
 ですが、と治々美はオーバーアクションで肩をすくめた。
「そんなことより、今は楽しみましょう。新しい時代の到来をね」
「教えて! 教えてよ! お願い……します……」
「ふーむ、強情ですなぁ。何か黙らせる名案はないものですか?」
 治々美はあごひげをさすりながら、傍らに控えさせたリリィを見た。
 押し黙ったリリィは、立ち尽くしてインテを見つめていた。
「ぬ……? どうかしましたか、リリィ君」
「……ふふ。何でもありませんわ、市長様。あのような小物は放っておきましょう」
 無作為なしぐさでおじぎをした拍子に、むぎゅっと豊満な胸が寄せられる。
 胸元に寄せられた谷間を見て、治々美はゴホンと咳払いした。
「そ、それもそう、ですな。では――」
「市長様。私からひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
 リモコンを手に取った治々美の手にそっと触れると、リリィはいたって無邪気な顔で小首を傾げた。
「マリ様を使って、リカコ様の地下室を爆破したのは、どうしてですの?」
「ふっ……君もまだまだ、だねぇ。同じものをすぐに造られては、困るからです」
「なるほど! さすが市長様ですわ!」
 リリィは目を輝かせて治々美を見上げる。
「あ、あのぅ。もうひとつ、聞いてよろしいですか?」
「ふふふ、いいですとも」
 上機嫌で頷く治々美に、リリィは自身の無知を恥じるかのように、おそるおそる、ささやいた。
「どうして……マリ様は、あなた様に味方したのですか?」




「有家さん……!」
「危険です、お嬢様! こちらに!」
 芝生の真ん中で踏みつけを連発する雪芽から隠れるように、ガラクタの山の影まで白亜を引きずっていくマリ。
 白亜は、かんしゃくを起こした子供のように暴れる。
「放して! 放しなさい、マリ! これは命令ですっ!」
「……お嬢様。そのご命令は聞けません」
 白亜を片手で押さえ込み、もう片方の手で、ポケットから薬品を染み込ませたガーゼを取り出す。
 闇雲にじたばた暴れて抵抗する白亜の口元に、そのガーゼを寄せる。
「お嬢様、申し訳ありませんが、眠っ――」
 がぶ。
 目の前に来た手に、白亜が噛み付いた。
 出し抜けに放たれた反撃に、マリの痛感神経が震え上がる。
「いッ……!」
「ふしゅー……ふしゅーっ!」
 か弱いながらも、すさまじい威圧感で睨まれ、白亜がエリカの血を濃く引いていることをマリは再び実感する。
 痛みのあまりガーゼもどこかに放り投げてしまったマリは、仕方なく白亜をその場に正座させた。
「わ、わかりました……お嬢様。あの場にお嬢様を行かせるわけにはいきませんが、その代わり」
 マリは少しためらってから、かぶりを振った。
「私が、あの男を連れて来ます。お嬢様、ご命令を」
「…………」
 ぎゅっと握り込まれた手を見つめた白亜は、静かに顔を伏せた。
「……マリ。わたくしは、あなたに聞きたいことがあります」
「え? お……お嬢様、今はそんな場合では」
「はい。本当は、有家さんが心配で心配で堪りません……けど! あなたに命令をするのなら、主として、先に知っておかなくちゃいけない!」
 白亜は、ばっと顔を上げてマリに詰め寄った。
「答えてください! どうして、島さんの地下室を爆破なんてしたのですか!?」
「っ!?」
 心底、驚いた様子でマリは跳び上がった。
 言うべきか、言うまいか――
 あきらかに動揺して視線を外そうとするが、正面から見つめてくる白亜の視線がそれを許さない。
 目を合わせ、絡み合った視線が、マリを捕らえていた。
「……私は」
 マリはとうとう、うなだれて口を割った。
「私は……臆病者なのです。お嬢様……」




「彼女は、厳密には私の味方ではないんですよ、リリィ君」
 治々美は、リリィのウェーブのかかった長い金髪に指を通しながら、下卑た笑みを浮かべた。
「君なら解るでしょう? 私も最初は、お嬢さんに『ご協力いただこうと』したんですよ」
「え? え、えぇ……」
 決まり悪げに視線を外すリリィの頬を、冷や汗が流れる。
 治々美はそんな反応も楽しむように声をひそめた。
「それをどこからか嗅ぎつけて、売り込んできたのが彼女です。お嬢さんに手を出さないように、と」
「まぁ……」
「今となっては、いい取引だったと思いますよ」
 強引な協力をさせなかったおかげで、リカコは無抵抗に研究を続けて完成させた。
「私としては、手段は問わないんですよ。たとえ、最強の超ロボットでも、無敵の怪キメラでも」
 治々美は手元のリモコンをいじり、別のボタンを押す。
 壁に穴が開いて、搭乗席と巨大な腕、頑丈な両脚がついたロボットが姿を現した。
「お嬢さんが私と同じ目的である以上、必ず私の求めるものを造ってくれる。だから待ったんです、マリ君の売り込みに乗ってね」




「……お嬢様。私は……ただの卑怯者です」
 マリは、白亜の手を放して、立ち上がろうとした。
 彼女の腕を、白亜がとっさにつかむ。
「まだです。わたくしには解りません」
「お嬢様、私は――」
「あなたがどうして、なぜ、島さんを守ろうとしたかです。それがいちばん、大事なことだと思います」
「……そ……それは」
「――悠長に。話している場合か?」
 ガラクタの山の向こうから、ゴスロリの巨人が姿を現した。
 雪芽は右手の親指と人差し指を、ぴたっと合わせており、そこに公斗がつままれているのを白亜は察する。
「あ、有家さん!」
「ふふ。ずいぶん手間取らせてくれたが。捕まえてしまえばこちらのもの」
 雪芽は、ぎゅっと指先に力を入れて公斗をつまむ。
 見た目には華奢で、か細い指の間で、捕まってしまった公斗の体が手も足も出せずにひねり潰されていく。
「有家さんを放しなさい! でないと……でないと、怒りますよ!」
「お嬢様!?」
「……ほう。面白い。試してもらおうか」
 ぐぐぐ、と雪芽の靴底が、白亜とマリの頭上に持ち上げられた。
「超人でもない貴様らが。踏み潰されずに耐えられるかな?」
「お嬢様! 逃げましょう!」
 逃げようとしない白亜を強引に引っ張って走り出すマリ。
 ズン! と10倍サイズの巨靴が芝生を踏み鳴らす。巨大な足跡が刻み込まれた。
「……ふふ。逃げろ。逃げろ」
 雪芽は、わざと足音を高く鳴らし、ふたりを追いかける。その指先には、公斗がまだつままれた状態だ。
 巨大な指の間に挟んで閉じ込めた彼を、雪芽はくりくりと無造作にすり潰して遊んでいる。
 今すぐに助け出したいが、ただでさえか弱い白亜は、巨人の雪芽から逃げ惑うことしかできない。
 マリは白亜の手を引いて、芝生を抜けてドームの中に戻ろうとしていた。
「……マリ……! 有家さんを見捨てる気ですか!?」
「あの男は無事です! ……信じてください、お嬢様!」
 マリの言葉に、白亜は揺れる。
 ずっと世話をしてくれた世話係。
 白亜の知らない間にリカコの地下室を爆破した犯人。
 危ないマシンで世界を変えてしまおうとしている敵の仲間。
 有家公斗を毛嫌いしているボディガード。
 ……でも、全部、白亜やリカコを思ってのこと。
「わ……わかりました!」
 マリと一緒に、ドームの廊下に駆け込もうとした――
 突然、目の前に肌色の壁ができた。
 しゃがみ込んだ雪芽が、片手で出口を塞いでしまったのだ。
「……残念だったな。逃がすものか」
「く……!」
 マリは白亜と一緒に、雪芽の死角になりそうな真下へ向かった。
 しゃがみ込んだ雪芽の脚を頭上に見ながら、おしりの方向に駆け抜ける。
 だが、目の前には分厚いゴスロリのドレスが芝生にぴたりと付いていた。障害物競走のネットのように。
「ふふ……飛んで火に入る。夏の虫か」
 前方側から、巨大な手が伸びてきて、白亜とマリをまとめてわしづかみにした。
「きゃああ!」
「く、放せ!」
「……マリ。おまえも愚かだ。やっと道具が揃った今になって。裏切るとは」
「今になったからだ! もう、貴様らに付いていても、リカコちゃん達に手を出さない保障はない!」
 マリの言葉に、にやり、と雪芽は薄気味の悪い微笑を浮かべた。
「……おまえは。父上の人間性を知っているな」




「さて、さて。もうすぐ、日が変わりますなぁ」
 搭乗席に治々美が乗り込むと、大型ロボットは機械音を上げながら立ち上がった。
 ごついアームから蒸気を噴き出し、不器用だが頑強な両脚で歩いてくる。
 縦幅よりも横幅が広い猫背型ロボットは、腕を伸ばして、リカコ達を閉じ込めた檻をつかんだ。
「うわわわわっ」
「な、なに!?」
『ちから持ちれすー!』
「カッハッハッハ! 今からあなた達を叩き潰してさしあげるのですよ!」
 ぐぎぎぎぎぎ、と檻が軋む。
 リカコが目を吊り上げる。
「あんた、ついさっきまで新時代を目撃させるとか言ってたでしょうがー!」
「気が変わったのですな」
「ドヤ顔で言うなっ! ……リリィちゃん、こいつクズよ! こいつと手を組んでもロクなことないわよ!」
『はぅ、でもロボットはカッコイイのれす……ランチーの子宮が、きゅんきゅん来ちゃうのれす』
「あんたは私が初めて作ったマシンなんだから腹部パーツなんかないわよ!」
 謎のネタを仕込んでくるリカコを無視して、治々美の操るマシンは檻を真上に掲げて歩き出した。
 窓の方に向かって。
「げ! ここから投げ飛ばす気!?」
「カハハハハハ! 気を失ったところを雪芽に踏み潰されてしまうといいですな!」
「あんたさっきからちょいちょい言ってること変わってんのよ! すっとこどっこい!」
『ランチーとお茶をして欲しいのれす』
「あんたはあんたでなに言ってんの!?」
 リカコが、敵のロボットにホの字になっているランチーにもツッコミを入れている一方で、インテはじっとリリィを見つめていた。
「……リリィさん」
「…………」
「……ね、ねえ。リチャコの薬に必要な材料……知ってる?」
 インテは自身の髪の毛を、ひと束つかんで見せた。
「私の――」
「そんな安っぽい買収になびくと思いますか、インテ様」
 リリィはため息まじりに、はっと鼻で笑ってみせた。
 やれやれと肩をすくめて見せる。
「商売人が興味を持つのは、まず第一に信頼できる商品ですわ。もしくは、現ナマ」
「そんな……」
「クズだと罵ってくださってもよろしいのですよ?」
 くすくすと微笑するリリィに、インテは悲しそうにかぶりを振った。
 瞳を潤ませて……
「……私とリリィさん……きっと、気が合うと思う……」
「勝手に思ってればいいですわ」
 リリィは、飽きたと言わんばかりにそっぽを向いた。
 ロボットは、ずしんずしんと窓に近づいていく。
「んきょおおおお! もう絶体絶命! なんか私、むしろ主人公っぽいわ!」
『え? ら、ランチーのみそしるを毎朝……は、はれんちなのれす!』
「あんた……こいつのロボットと何の会話してんのよ」
 ひとりで悶絶しているランチーに、自分を棚に上げて呆れ顔のリカコ。
 ついに、檻を真上に掲げたロボットは、窓の前に立った。
「カァァァァァァッハッハッハッハッツ!! それ、行きますぞ――」
 その時。
 ジリリリリン、と内線電話が鳴った。
 とたたたっと走ったリリィが、内線を手に取る。
 今お忙しいですわ、と言って電話を切った。
「……何でした?」
「いえ? 特に、お耳に入れることでもありませんわ」
 おすましして、リリィは治々美を見上げる。
「それより、この際ですわ。市長様のお嬢様を、もっと大きくしてしまってはいかがでしょう?」
「ふむ……確かに、それも一興ですかな」
 ロボットの動きを固定すると、治々美はリモコンを操作した。
『物体拡大砲』が、雪芽に狙いをつける。
 同時に、ドームの内縁部が、淡く発光し始めた。
 赤や黄色や緑や青に――
 それらの光は、ガラクタの山を通じて増幅され、『物体拡大砲』へと集約される。
 このドーム全体が、地脈、磁場をも計算に入れた、巨大なエネルギー増幅器。

「見るがいい! 私の名を世に刻む、女神の誕生を!!」

 ――治々美は、照射スイッチを押した。




 七色の光が、雪芽に当たる。
 淡い輝きに包まれた雪芽の体が、さらに大きくなり始めた。
「おお……いよいよか。父上」
 もはや興味もないと言いたげに、それまで手の中で握り締めてなぶっていた白亜とマリ、つまんでいた公斗を解放する。
 マリにかばわれた白亜は、芝生に転がってもさほどダメージがなかった。
「ま、マリ!」
「ぐ……平気です、お嬢様。あの男は?」
 白亜が周りを見ると、ぐったりした公斗が倒れていた。急いで這っていき、拾い上げる。
「あ、有家さん……!」
 320倍の巨人になぶり回されたダメージはさすがに大きく、公斗は痛む全身を軋ませて、白亜の手のひらで起き上がった。
「くっそ……あのゴスロリ女、好き放題しやがって……!」
「よかった、生きててくれて……!」
 ぎゅむっと抱き締められて、公斗はようやく白亜に抱っこされている状況に気づいた。
「わわ、待て待て! 縮んだらどうする!」
「あっ……」
「……本当に小さいな。近くで見ると」
 マリは呆れ気味に言ったが、不意に顔を伏せた。
「……申し訳ないことをした。貴様らには」
「へ? 俺と白亜のことか?」
「私がお嬢様を貴様呼ばわりするわけないだろーが! ……今はいい。あとで話す」
 マリの罵声を、白亜の手のひらにしがみついて耐える公斗。
 3人が見上げると、そこは……テントのように張られた、巨大なドレスの中だった。
 今や、白亜達の100倍にもなろうとしている雪芽。靴だけでも車よりも大きく、彼女と比較されたら、白亜など虫ケラのようだ。
 無論……白亜の手のひらに乗っている公斗など、雪芽にとっては、砂粒のような存在だろう。同じ超人でも、痛くもカユくもない。
 ズズン、と雪芽が足の位置を変えたので、白亜とマリは慌てて走り出した。
 ドレスの死角から出たため、雪芽の視界にも、足元を逃げる虫のような2人が入った。
 フフンと雪芽は鼻で笑う。
「本当に。小さいな。おまえ達を見上げていた頃が。うそのようだ」
 ズシン、と片足を白亜達の近くに踏み下ろす。慌てて方向を変える2人。雪芽は肩をすくめた。
「……弱すぎる。つまらないな。あとでまとめて踏み潰すか」
 むくむくと巨大化を続ける雪芽の頭が、ドームの天井に当たった。
「予定より早く感じる。まあいい。同じことだ」
 タマゴを破るように、雪芽は頭で、その天井を突き破る――
 ――直前で止まった。
「む?」
 雪芽が怪訝そうな顔で芝生を見下ろす。
 ガラクタの山が、ところどころ、オーバーヒートしていた。




「な、なに……? 止まった!?」
 ギャリギャリギャリ…と歯軋りにしては大きな音を聞きながら、治々美はリモコンを狂ったように押した。
 だが、『物体拡大砲』は、ぴくりともしない。
「……これは大変ですわ」
 ギャリギャリギャリ…と足音にしては大きな音を立てながら、リリィが後ずさった。
「もしかしたら、ドームのどこかにある電圧変換機の調整が狂わされてしまっていたのでは?」
「バカな!! あれは隠してあった! 誰がわざわざ、そんなことをすると――」
 振り向いた治々美は、ぎょっと目を丸くした。
 リリィが、相手を小ばかにするように、ぺろっと舌を出してみせる。
「……誰かが命令すれば、勝手に探すでしょう。おおかた、悪い女にでも操られたのでは?」
「あ、あの時か……!」
 八分寺インテを気絶させた時、隠れていた職員が彼女の周囲に集まった。
 彼らは強引に協力させた研究者と違い、ただの事務員だったが……。
 リリィは、ふふんと片目を閉じた。
「そんな。私はただ、殿方に色目を使っただけですわ」
「この私を裏切って……ただで済むと思っているんですか?」
 ギャリギャリギャリ…と嫌な音を立てながら治々美は怒鳴った。
「この私が改造して! 従順なメスウシに変えてさしあげましょう!」
「まぁ、怖い。か弱いメイドは退散いたします」
 そそくさと部屋を出て行こうとするリリィ。
「逃がすか!!」
 ロボットを振り向かせようとした途端。
 パキンと頭上で音がした。
「ぬ?」
 治々美が目を丸くする中、檻から飛び出してくるランチーとリカコ、そしてインテ。
 ランチーの背中で、一対の電動ノコギリが、ギャリギャリギャリ…と唸っていた。
「あんたの気がそれるのを! ずーっと待っていたわ!」
『れすー! ついさっきまでバッテリーあがっちゃってたことを全く匂わせないリカコしゃま、さすがれすー!』
「あんたそれ言っちゃダメでしょうが!」
「……リリィさん。信じてたよ」
 ひしっと抱きつこうとするインテを遠ざけ、リリィは顔を紅くした。
「べ、べつに……相手が取引に乗らなかった時の保険が暴発しただけですわ……」
「さっきの電話の内容、市長に教えてたらマズかったんじゃない?」
「ふん! め、目の前の現ナマより、商売できそうなカモが欲しかっただけですわ!」
 しっしっ! とインテを追いやるリリィ。
 2人をよそに、リカコはランチーの腕をつかんだ。
「ランチー、超変形! ハイパー! チェーンソー! フォオオオオム!」
『ああ、なんということれす! 愛し合う者同士が、敵味方に分かれて戦いあう……くぅっ!』
「いいからさっさと変形しなさいっつーの!」
 パーツが分離し、変形していくランチー。
 チェーンソーに変わっていく彼女を見て、治々美はもぬけの殻になった檻を横に捨て、リカコと対峙した。
「人 間を改造したのではなく、純粋な兵器とは恐れ入る! ですが! このロボットは超合金装甲に加え、我が研究の末に完成した賢者の石、そしてオリハルコン!  高度に緻密に組み合わされた黄金比によって練りあわされた完全なる防御と、動力部に組み込まれた奇跡の永久機関! つまり完全なる矛と盾を併せ持つ、完 全無比にして唯一無二の頂点に君臨するマシン・オブ・マシンで……」
『あ、後ろの排気口が弱いらしいれす』
「へえー。メカと会話する能力も役に立つわね」
 完全に変形を終えたチェーンソーを手に、リカコは白衣をたなびかせ、走る!
「こしゃくなぁっ!」
 ロボットの振り回す豪腕を掻い潜り、スライディングするようにして背後をとった。
 唯一、装甲のない箇所に、チェーンソーを突き立てる。
「ごっ――!?」
 内部の動力が破損し、ロボットの配線に異常な電熱が発生する。
 しかし、鉄壁の装甲は内部で生まれた熱や電気を逃がさない。
 痙攣したようにブルブルと激しく震え上がったロボットは、ボン、と弾けるような音を立てて跳躍した。
「カァァァァァァァアアアアアアアッ――――!?」
 誤作動によって高々と跳んだ巨体は、リカコの頭上を飛び越える形でガラスの窓を突き破り、ドーム中央の芝生へと墜落していった。




「ち。父上!?」
 何が起こったのか解らず狼狽していた雪芽は、いきなり窓を壊して飛び出してきた治々美とロボットに目を見開いた。
 執務机がある部屋に、怒りのこもった眼差しを向ける。リカコ達が同時にギクッとした。
「……おまえ達のしわざか。許さない。ひねり潰してやる」
 ズシンズシンと歩き出す雪芽に、リカコ達の悲鳴が聞こえた。
「リカコちゃん……!」
「リカコ! ……そうだ、白亜! 手伝ってくれ!」
 公斗は白亜の手のひらから、遠くの『物体拡大砲』を指差した。
「え? え? わ、わたくしが何を……」
「お嬢様、お早く!」
 混乱する白亜の腕をつかんで、マリが走り出す。
 ガラクタの山に駆け寄り、公斗を手にしたマリは、ガラクタをよじ登った。
『物体拡大砲』についていたリモコン用のアンテナをひきちぎる。
「使えそうか?」
「知らん、リカコに聞いてくれ! でも今は!」
「試してみるしかないな」
 マリは『物体拡大砲』の燃料充填箱のふたを外すと、中のカプセルを取り出した。
 雪芽が公斗から吸い取った血は、雪芽の巨大化に使われ、ほとんど残っていない。
 その時、遠くからリカコの声がした。
「このー! 放しなさいよ!!」
「そうはいかない。おまえは。父上の仇になった」
「まだ死んでないと思うけど!?」
 雪芽の指に、虫のようにつまみあげられて、じたばた暴れるリカコ。
 公斗とマリは顔を見合わせ、すぐに行動に移った。
 マリがカプセルのふたを開け、その中に公斗が飛び込む。
 ふたを閉める前に、公斗は叫んだ。
「……白亜! 今から、おまえを巨大化させる!」
「え? ええ!?」
「そのために少し無理するけど、何も心配するな。あの女を止めて、リカコを助けてくれ!」
 ガラクタの山を見上げている白亜は、小さく息を呑んだ。
 ……大切な存在が、手の届かない場所に行ってしまいそうな不安。
 少し離れただけなのに、白亜は嫌な予感が押さえ切れなかった。
「い、いやです……無茶って、何をするつもりですか? どうして……」
 ぐっと白亜は言葉に詰まった。
 ――どうして、島さんのために、そこまでするのですか。
 とっさに出てしまいそうになった言葉に、白亜は自分が最低だと思った。
 口ごもる理由が解った公斗は、顔を伏せる。
「……あいつは、他人じゃねーからだよ、白亜」
「え……?」
「友達でも、恋人でも、ただの協力関係ってわけでもない。あいつは……」
 公斗は顔を上げた。
「――俺の妹だ。忘れちまってるみたいだけどな」
「え……」
「マリさん、あと頼んだ」
 カプセルの中に引っ込んだ公斗ごと、マリは『物体拡大砲』にセットする。
 まだ使えそうな配線だけを繋ぎ直したマリは、手動で狙いを白亜に向けた。
 七色の光が、白亜の体を包み込む――。


「さて。どうしてくれよう?」
 リカコをつまみあげて、冷淡に思案する雪芽。
「やはり。虫ケラのように踏み潰し…」
 とんとん、と雪芽の肩が叩かれる。
 ムッと雪芽はなにげなく振り向いた。
「なんだ。私は忙しい……のに」
 雪芽の前には、すさまじく大きな――ドームの中で座り込んでもなお頭が天井についてしまう、白亜が、怒ったように雪芽を見下ろしていた。
「……よくも、有家さんや島さんに、いじわるしましたね。お返しです」
 ぽかんと立ち尽くす雪芽の腕をつかみ、軽くひねる。
「ひっ! 痛い!」
 雪芽は涙目になってリカコを放した。
 慌てて、リカコを手のひらで受け止める。
「ケガはないですか、島さん」
「う、うん……へーき」
「よかったです」
 にっこりと天使の笑みを浮かべた白亜は、這いつくばって逃げようとする雪芽に視線を向けた。
 普段なら、少し不機嫌に見える程度の顔でも可愛いが、今は大巨人である。
「逃がしません。お仕置きです」
 なまじ巨大な雪芽は逃げることもできず、白亜に再び腕をつかまれ、軽く――コキッとひねられた。
「あぶぇっ」
「……あっ。少し、やりすぎました?」
 泡を吹いて失神してしまった雪芽を芝生に転がした白亜は、ふぅ、と特大のため息をついた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

← 前(9)を読む


続き(エピローグ)を読む →

← メインページに戻る




サイトURL:http://bukimi.x.fc2.com/index.html
アドレス:maidlily45@gmail.com




inserted by FC2 system