「天使のゆりかご」

( 9 )


【潜入、治々美市ドーム】


 ――金曜日/朝――


 リカコの家――地上一階、リビング。
 公斗の改造が完了してから、今日でちょうど一週間になる。
 血をたっぷり吸われてしまった公斗も、ようやく動けるようになってきた。しかし、一晩も経ったのに、もとの大きさに戻れない。
「……ごめんなさい。有家さんが小さくなっている時ぐらいしか、わたくしが守ってあげられる時はないのに……」
「白亜のせいじゃない。俺が捕まったのが悪いんだ」
 吸血された後の5センチのまま、白亜の手のひらに乗せられた公斗は言った。
 盗聴防止のため、専用アンテナのケーブルをおしりに接続したランチーが、エリカの声でリカコに告げる。
『――マリの居場所が解りました。治々美市のほぼ中心……建造中の治々美市ドームれす』
「そうですか……ありがとうございます奥様」
 エリカの声で語尾が「れす」なせいで、聞いていたインテとリリィが腹を抱えて悶絶しているのをスルーして、リカコは続けた。
「その捜索、私達だけで引き受けさせていただけませんか?」
『え?』
「市が厳重管理している建物に対して、正式に手続きを踏むのは時間が掛かりますから」
 リカコは丁寧に続ける。
「それに、ドーム関係者が協力者なら、こっそり潜入するしかないと思います」
『……解りました。何かあったら、遠慮なく連絡が欲しいのれす。こちらでも無線機の位置をモニターしています。ノシ』
「ぶふっ」
「だめだよリリィさん笑ったら……ぷぷ」
「ありがとうございます、奥様。お嬢様は身を挺してお守りいたします」
 リカコがランチーの鼻をつっつくと、エリカとの通話が切れた。
 ランチー語でしゃべるエリカがツボに入ってしまったふたりは無視して、リカコは額の汗を拭った。
「ふー。これでこっそり忍び込めそうね」
『さすがはリカコしゃまれす! 敵の施設を利用した後、残った設備をこっそり押収するつもりなのれすね!?』
「ふっふっふっふ……そのとおり。このおそるべき世紀の科学者、リチャコ様を恐れるがいいわ!!」
『すごいのれす! カッコいいのれす! 天才れす! 外道のクズれすー!』
 白衣をド派手に広げて咆哮するリカコに、やんやと囃し立てるランチー。
 そこに、公斗を肩に乗せた白亜がやって来た。
「あの……正直、有家さんは残った方がいいと思うのですが」
「だめよ白亜ちゃん! そんなことしたら公斗を巨大化させられな…げふん! 戦力を分散するのは得策じゃないわ!」
「でしたら、わたくしの家にいれば…」
「マリさん以外にも敵の仲間が潜んでるかも知れないでしょ? それに、相手は6人で来いって言ったのよ」
 リカコはうんうんと頷いた。
「……それに、機会があれば白亜ちゃんも巨大化させて……いや何でもない」
「?」
「ともかく、忍び込む準備は済ませておいてね。夜になったら決行よ!」
 ぞくっと背筋に寒気を感じた白亜をごまかし、リカコは宣言した。




 そして――夜。

 治々美市の中心に位置するドームの前に、一同は集合した。
 外周部をぐるりと周るだけでも、かなりの時間が掛かる大きさだ。テントのような白い幕で覆われているため、内部が本当にドームなのかどうかも解らない。
 誰かしら通りすがることの多い市の中心で、通行人がひとりもいなくなるのを待ったため、もう結構な時間になっていた。
「……タイムリミットまで、あと2時間ってとこね」
 腕時計を見たリカコがつぶやき、『ご迷惑をおかけしております』と書かれた看板を見た。
「外側を一周して侵入ポイントを探すヒマはないわ。強行突破よ」
「え、しょ、正面から、ですか?」
「待て、リカコ。せめて、奥に入るまでは騒ぎにしたくない」
 どこかに飛んでいかないように、白亜の髪の毛を命綱代わりに結び付けられた公斗が、彼女の胸ポケットから意見した。
 ハムスターが見えないよう、白亜から少し距離をとったインテが首を傾げる。
「じゃ、どーするの?」
「リリィなら何とかできるだろ?」
 急に話を振られて、ドームの入り口を遠目に睨んでいたリリィが顔を上げた。
「私が? ……暗殺術なんて初歩しか知りませんわよ?」
『ふぇぇ、初歩だけ知ってることにびっくりれす』
「そうじゃなくて、警備に立ってるやつらに暗示をかけてくれ」
 公斗の作戦を理解したリリィは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「そう、ですわねぇ……私としては、相手の計画者に取り入って、おいしい思いをするのもアリなのですが」
「おい! どっちの味方だよ!」
「うふふ……まぁ、構いませんわ。でかいだけのエサにはかからない主義ですの」
「それをあなたが言いますか、乳牛さん……」
 公斗の頭を人差し指でちょんちょんとなでて、ついでに白亜を睨んだリリィは、でかいバストを揺らしながらドームの入り口に付いて行った。
 特定の町でもなければ珍しい事この上ないメイド服に、たわわに実りきった爆乳がふたつ。目立ちまくる彼女の姿に、立っていた黒服の女性ふたりが振り向いた。
「なんだ? おまえは」
「ふふ、じつは今夜、取引の案件がございまして……」
 前に出てきた相手を、じっ、と見つめる。

 ア ン ナ イ シ ロ

「……はい。ご主人様」
「お、おい!?」
「あなたもですわ」
 背伸びするように腕を伸ばし、ぐい、と顔をこちらに向けさせる。

 ア ル ジ ノ モ ト ニ
 ア ン ナ イ シ ロ

「……はい。ご案内いたします」
「結構。あとでごほうびをあげますわ」
 ふらふらと施設の奥に向かって歩いていくふたりを確認し、公斗達に目配せする。
 辺りを確認したリカコを先頭に、リリィに追いついてくる。
「いやぁ、あんたもなかなかワルい女ねぇ」
「私と手を組んでくださる気になりました?」
「ま、今回の施設強奪がうまくいったら考えてあげなくもないわね」
「島さん! それはナシです!」
 白亜が思わず抗議の声を上げ、公斗が慌てて白亜の髪を引っ張った。
「だ、大丈夫だって、ありがとな。俺を引き渡す気はない……はずだから」
「わたくしは不安です……」
「私も催眠術とか覚えたいなー」
 ぞろぞろと、ふたりの黒服の後ろをついていく。
 中には誰も職員がおらず、靴音が響き渡るほど、シンと静まり返っていた。
「……おかしいと思いませんか、有家さん」
「……ああ。静か過ぎる」
「この治々美市ドームは現在、急ピッチで建設作業中のはずです。なのに、中に入っても騒音どころか、ひとの気配もありません」
 白亜の意見は、公斗の懸念とも一致していた。
「…………」
 ちら、とリリィはついてくる5人の様子を窺う。
 リカコとランチーは施設強奪後の計画を楽しげに語っているし、インテは不安げに周囲を見回してはいるものの、特に勘付いたこともなさそうだった。
 やがて先導する黒服のふたりが、十字路に差し掛かる。
 と――
 片方が左に、もう片方が右に行ってしまった。
「な、なんだ?」
「ちょっとー、どうなってんのよ! どゆこと!?」
「……施設内の地図を、わざと間違って記憶させている可能性がありますわね」
 リリィがポツリとつぶやく。
「暗示をかけられることの対策というより、スパイが紛れ込むのを防ぐために、そうしている場合もありますわ」
『おぉーなのれす! 本物の小悪党が言うと、すごい説得力なのれす!』
「ふふふ、もっとお褒めなさい」
「……でもさ。どっちかが合ってる可能性もないわけじゃないんだよね?」
 インテが言うと、しーん、と一向は静まり返った。
 左の通路。
 右の通路。
 そして、正面の通路。
 やがて――
「……立ち止まってても、ラチが明かないわ。時間もないことだし」
 リカコが沈黙を破った。
「ふたりずつ、三手に分かれるわよ! ランチー、ついて来なさい!」
『はいなのれす! 言い出しといて最初に選ぶズルイとこが素敵れす!』
 リカコとランチーが、とりあえず目に入った左の通路に走っていった。
「では、私はこちらにまいりますわね」
「あ、私もそっち行く!」
 一礼したリリィに続いて、インテとアーノルド達が、反対側の右の通路に進んでいく。
 ぽつん、と。
 取り残されたのは、白亜と、その胸ポケットに収まった公斗だった。
「……あれれ? 有家さん、この分け方、おかしくないですか……?」
「ごめんな……役立たずで」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……!」
 慌てて弁解した白亜は、ごくりと固唾を呑んだ。
 ポケットの上から、ぎゅっと公斗を自分の胸に押し当てる。
「うわ、は、白亜……?」
「……大丈夫です。わたくしはできます。有家さんさえいれば、何だってできます……」
 自分に言い聞かせるように目をつむって繰り返した白亜は、ポケットの中の携帯電話を確認してから、まっすぐ進んだ。




 ――左の通路――

「……はぁ。なんか、なーんもないわね。行けども行けども通路って、どういうことよ」
『そのうち、ぐるっと周ってみんなと合流するかもれす』
「普通にありえるわよ、それ」
 延々と続く通路を進みながら、リカコはため息をついた。
「どうせ血はとられたんだし、相手が使っちゃう前に『物体拡大砲』を取り返し! このドームの電気を使って公斗を巨大化させれば、超人時代の始まりよ!」
『れすー! とことん敵を利用するズルイとこも、さすがリカコしゃまれすー!』
「モエてキタ――! ……とはいえ、なーんか辛気臭いかんじよね、このドーム」
 急ピッチで外見だけ間に合わせたかのような治々美市ドーム。
 いかにも作り立てっぽく、装飾すらしていない白壁は、病院の壁を彷彿とさせる。
 まるでドーム自体が、外部と隔離するためだけに、とってつけた存在であるかのようだ。
「もっとこう、派手にさ……ズギャーン! ドバーン!! って展開は、ないのかしらね」
 さすがに少しばかり、気が滅入ってきたリカコだったが……
『……む! リカコしゃま、危ないれす!』
「え?」
 立ち止まった、その瞬間!

 ズギャーン!

 床が裂ける!

 ドバーン!!

 天井が砕ける!!
 床と天井をぶっ壊して現れたのは、四本足のガニ股で歩く、いかにもなかんじのロボット軍団だった。
 リカコの目が輝く。
「おおおおお!!!! これよ、これこれ! いかにも敵の本拠地っぽいわ!」
『れすー! やっつけるのれす! パワーをアームに!』
「いいですとも! やーっておしまい!」
 背中から電動ノコギリつきアームを展開したランチーが、突撃してマシンを破壊していく。
 出てきた側からまっぷたつにされてあえなく崩れるマシン達を乗り越えて、リカコはランチーの後を追いかける。
「いいわ、いいわよランチー! これこそ、この私、リチャコ様が求めるスペクタクルの序章…」
 ぼこっ、と足元の床が崩れた。
「……あれ?」
 立ち止まるリカコの足元の床が――抜ける。
「ぴゃ――――っ!?」
『り、リカコしゃまー!?』
 ランチーの悲鳴じみた声が、崩れた床下の深遠に響いた。




 ――右の通路――

 リリィとインテの進む通路には、張り紙や自動販売機など、職員の使いそうな設備が多かった。
 それでも誰とも遭遇しないあたり、徹底的に人払いされているらしい。ますます怪しかった。
「……インテ様は、公斗様とはどういったご関係ですの?」
 ぽつりとリリィがささやいた。
 一瞬、「へ?」と首を傾げたインテは、けらけらと楽しそうに笑う。
「ちがうよー、私はただの友達だよ。公斗君にはお嬢様ちゃんがいるしね」
「……ではなぜついて来たのです?」
「うん、まぁ……それはさ。話すと、長くなるんだけど……」
 振り向かずに尋ねるリリィに、インテは恥ずかしそうに頬を紅く染めた。
「初めて、自分から、私に協力したいって言ってくれたひとだから……」
「……そう、ですか」
 頷いたきり、何も語らなくなる。さすがに敵地で緊張しているのか、なんとなく話しかけづらかった。
「誰もいないね……」
「……はたして、そうでしょうか」
「え?」
「これだけの規模の施設ですわ。いない方が奇妙でしょう」
「そういうもん……なの?」
「そのくせ、まずい思想に毒された下っ端は、金では動かないものです。上の方は別ですけれど。……とにかく、厄介ですわ」
 いつになく真顔で言われてしまうと、ほとんど民間人のインテとしては不安になってしまう。
 きょろきょろと周囲を見回してみるが、誰の気配も感じられない。ただ、アーノルド達は妙に怖がって怯えていた。
「…………」
 やがて、自動販売機の前で、リリィは立ち止まった。あったかいコーヒーが並ぶ棚を見上げるリリィに、釣られてインテもそちらを見る。
「……おいしそうですわね」
「あれ? もしかして小銭とか持ってない? そっか、お嬢様なん――」
「いいえ」
 突然――
 インテのみぞおちに拳がめり込んだ。
「な……ん…で」
 手をひいたリリィが、フンと鼻を鳴らす。
「暗殺術も、かじったと言ったでしょう? 護身にしか使えない程度ですが」
「そう…じゃ、なくて……!」
 急所を突かれ、弱々しく崩れる。
 薄れる意識の中、どこに隠れていたのか、集まってくる黒服の男女。
 彼らとともに見下ろしてくるリリィは、つまらなさそうに言った。
「……この施設の主。取り入れば、本当においしそうですわ」




 ――正面の通路――

 まっすぐ進んだ白亜は、だんだんと照明が減って真っ暗になってしまった通路に、ぷるぷる震えていた。
 今にも泣いてしまいそうな彼女の姿は、大蛇の巣穴にうっかり迷い込んでしまった、哀れな子ウサギを連想させてしまう。
 ……もっとも、公斗の30倍は背丈があるし、怖くなるにつれて公斗を握り締めてくるのだが。
 小さくなった自分に今できることは、白亜を安心させるおまもりになること――と思って耐えていたが、さすがに中身を搾り出されそうになって声を上げる。
「ぐ、ぐぇ……白亜、悪い。さすがに苦しい……」
「あ! ご、ごめんなさい」
 ぱっと手を放す白亜。
 公斗は、しばらくぶりに新鮮な酸素を吸えた。
 と、その時。
 申し訳なさそうにしていた白亜が、正面の微かな光に気づいた。
「あれ……外の光でしょうか?」
「え?」
 白亜はまっすぐ、そこに向かう。
 運動場によくある観客席と、芝生が見えた。
 一気に駆け出し、廊下から外に飛び出す。
 ぐるりと観客席に囲まれた芝生の中心には、どこかで見覚えのある機械の筒が、山のようなガラクタの頂上に設置されていた。
 ガラクタの山に駆け寄り、見上げる。公斗はもちろん、白亜でも手が届かない高さだ。
「あれって……」
「確か、食堂でリカコがエリカさんに見せてたやつだ。物体…」
「――『物体拡大砲』と。言っていたそうだな」
 聞き覚えのある声とともに、ふわりとドレスを広げて、治々美雪芽は降り立った。
 その後ろには、マリの姿もある。
「私も。この女に。聞くまでは知らなかった」
「……っ!」
 背後に現れた雪芽達から距離をとろうと、白亜は後ずさる。
 だが、ガラクタに足をとられて、尻餅を突いてしまった。
「きゃっ!」
「お、お嬢様……!」
「……ここまで来たおまえ達は。光栄に思うといい」
 白亜に覆いかぶさる形で、ずいっと顔を近づけてくる雪芽。
「くそ、白亜に触るな!」
 ポケットから出て雪芽に反撃しようとした公斗は、逆に、雪芽にピンと指で弾かれてしまった。
「ッ…!」
「有家さん!」
「おまえ達は。歴史の変わる瞬間を。その目で見ることになる」
 相変わらず無愛想な雪芽は、ヒスイ色の瞳で、白亜と公斗を見つめた。

「超人の世界。
 平均身長……160メートルの時代が……始まる」


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