「小悪魔なんてガラじゃない」

( 5 )




「……夜間警備とはいえ、最近は何もないな。いや、その方がいいんだが」

 警備本部で待機していたミティアは、複数台の監視カメラから送られてくる映像を見ながらつぶやいた。
 彼女のひざの上では、銀色の毛の子ネコが、じーっと警備機材を眺めている。
 そういえば、副官に抜擢されて以降、本部に子ネコを連れ込んだのは初めてだったかも知れない。
 今まではだいたい、勝手に歩き回っていたから。

「なんだ、貴様。これに興味があるのか?」
「にゃーん」
「イタズラしたらダメだぞ。こっちが正面玄関、こっちが中庭の赤外線警報装置に対応している」
「ふにゃーん」
「それと、これが当主殿の部屋周辺だ。勝手に歩き回るとブザーが鳴るからな」

 カメラのひとつを指差した途端、子ネコの動きが止まった。

「……ふぅん、こうなってるんだ……」
「は?」
「自分で探し回らずに、最初からこうすればよかったわ」

 ミティアの目が丸くなる。

「貴様、い、今……しゃべっ――!?」




 ――目が覚めたのは、朝6時だった。
 机に突っ伏していたせいで、見取り図やマニュアルなどの紙資料がばらばらになっている。

「……疲れているのか。私は」
「にゃにゃーん」
「とりあえず、異常はなさそうだな……資料を片付けて、交代を待とう」

 ミティアは子ネコを床に下ろし、資料をファイルにまとめ始めた。
 その足元で、子ネコは警備機材を――監視カメラのモニターを、じっと見つめていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ――半日(約12時間)前――


 ――リリィが、22歳の時。


「行ってらっしゃいませ、旦那様」
 屋敷の門の前に出たリリィは、メイド達の先頭に立って一礼した。
 夜になり、暗くなった外は、まだ肌寒い。だがリリィは顔色ひとつ変えなかった。
「晩餐会の厨房指揮には、真珠を先に向かわせました。彼女なら、伊月家の面目を立てられるかと」
「ほう。なかなか君から離れたがらない真珠君が、珍しいな」
「困ったものです。もう子供ではないと説き伏せるのに苦労しましたわ」
 黒塗りの外車が、運転手によって門前まで運ばれてくる。だが、当主は乗り込まず、リリィのあごに手を触れた。
 くいっと上を向かせる。
「……旦那様?」
「顔を見せてくれたまえ。私が浮気をしないように、な」
「ふふ、旦那様ったら。亡くなられた奥方が見ておられますわ」
 小柄なリリィと、当主では頭ふたつ分以上の身長差がある。
 見下ろされたリリィは、くすっ、と邪気のない微笑みを浮かべた。
「私の眼は、母に似ておりますか?」
「……ああ」
 じっ、と当主はリリィの瞳を見つめる。
 その目を通して、どこか遠くを見るように。
「……瓜二つだ。全く変わらない……」
「……。……旦那様。晩餐会に遅れてしまいます」
 リリィは自分のあごに触れている当主の手に、そっと触れた。
「そうだな。行ってくる」
 当主は我に返ったようにきびすを返し、車に乗り込む。
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
 もう一度、リリィは丁寧に頭を下げた。
 黒塗りの車が、門までの長い前庭を抜けて、屋敷の敷地を出ていく。
 さて、とリリィは振り向いた。
「仕事に戻りましょうか。皆さん」
「あ、私?」
「……ミナさんも含めて皆さんですわ」
 靴音を立てずに屋敷の中に戻ったリリィが、見えなくなるのを待って、ミナの両脇のメイドが舌打ちした。
「旦那様に気に入られちゃって、うざいなぁ……」
「どうせ色仕掛けでもしたんだろうけどさぁ……」
「まぁ、前のメイド長よりは融通が利くからなぁ……」
「そこだけは認めてあげるけどさぁ……」
 ひそひそと言い合っていたが、聞き耳を立てていたミナは、途中から別の事を考えていた。
(……色仕掛け……か)
 リリィは小柄な背丈に反比例して、胸だけが、かなり豊満に実っている。
 たわわに膨らみ、特注のメイド服が無ければ着る事すらできない彼女なら、その色香で当主を誘惑することも可能だろう。

『り、リリィちゃん……私、もうっ』

『あぁん! もう、ミナったら、乱暴ですわ』

『ご……ごめん……』

『ふふっ。そんなにおっぱいが好きなミナには、お仕置きが必要ですわね』

(……やわらかいのかな……? ぷにぷになのかな……?)
 頭をすっぽり挟まれて、ぱふぱふされる自分を想像して、ミナは顔を紅くする。
「あのー……ミナさん? おーい」
「あれれ……別世界に行ってる?」
 取り巻きメイドが話しかけても、しばらくミナはトリップしたままだった。




◆◇◆◇◆◇




 自分の部屋に戻ったリリィは、カチャリ、とカギをかけた。
 もともと、メイシアの娘として当主から目をかけられていたリリィには、他のメイドと違って個室がある。
 メイド長になっても、その時の部屋をそのまま使っていた。
「……旦那様は、晩餐会に行かれましたわ。メイド長」
 部屋の片隅に置かれた水槽に話しかける。
 水槽の中に入れられた、蛍光ピンク色の液体がうねうねと動き、人間の上半身を形成した。
『……真珠さンは、どちらに?』
「真珠も晩餐会ですわ。屋敷ごとに、創作料理を出す催しがありますので」
『りょ……料理、ですか……』
 蛍光ピンクのスライムは、ふるふると震えた。
 何かを思い出したように怯えながら、上半身を沈み込ませる。液体から頭だけ出た状態の彼女に、リリィは言った。
「さて……私の夕飯になりたくなければ、今夜も協力していただきましょうか」
『それ以上、おおきくするンですか?』
 スライムは、リリィの豊満な胸元に目(の形をした部分)を向ける。
『真珠さンに料理されるところを、説得してくれたことは、感謝してます。けど、それ以上はリリィさンのためにも……』
「あなたは愚直なまでに善人ですわね、メイド長。まぶしいぐらいですわ」
 肩をすくめたリリィは、じゅうぶん過ぎるほど豊かな胸を、惜しげもなくさらけ出した。
 ぶるんっ、と派手に揺れる双乳。
 抱えるほどもあろうかという爆乳に、スライムは少し目をそらした。
『や、やるンですか……リリィさン』
「ええ、もちろん」
 ずいっと水槽に近づいていくリリィ。
 意を決した、というより逆らう意味がないと再認識したスライムの体が、水槽から這い出してきた。
 うねりながら、リリィの胸に張り付き、全体を包み込むようにまとわりついていく。
「あっ……ふ……ぅん」
 生暖かい人肌の粘液に包まれ、さらに揉みほぐされる快感に、リリィの口から喘ぎ声が漏れた。
 ヒトの手では揉むにも持て余すサイズの胸が、まんべんなく揉まれる。
 肌をツヤが出るほど舐め尽くしたスライムは、徐々にふたつに分離して、リリィの乳首から中へと入っていった。
 ――ちゅるん、と最後の一滴が入ってしまうと、スライムはどこにも「見当たらない」。
 スライムを全て入れてしまった双乳を、リリィは誇らしげになで回した。
「あン……うふふ。わかっていても、癖になってしまいましたわ」
 勝手に出てしまわないよう、乳首にバンソウコウを貼り付けたリリィは、下着とメイド服を着直した。
 スライムが中にいることは、傍目には全く分からない。
 事実、ここ数年間、真珠以外に気付かれたことはなかった。
「そろそろ、控え室に向かいませんと。コバンザメが騒ぎ出しますわね」
 乳房の内側から刺激を感じながら、リリィは自室の扉を開けた。
 ――と、その時。
 するりと足元に、銀色の子猫が入り込んで来た。
「にゃーん」
「あら、子猫さん。ミティアが探しているのではありませんか?」
 両手を脇に差し込んで抱き上げると、子猫はリリィの胸を、ぽふっと叩いた。
「にゃっ」
「……まぁ。鋭い子ですわ、ふふふ……」
 イタズラっぽく見上げる子猫に、リリィは満足げに微笑んだ。
 子猫を抱き上げたまま、部屋を出る。
「あなた、ただ私になついているのではないのでしょう?」
「にゃーあ?」
「いらっしゃい。利用しましょう……お互いに」
 ごろごろと、のどを鳴らす子猫。
 リリィは、メイド達が集まる控え室へと、足を向けた。




◆◇◆◇◆◇




 メイド達の控え室には、今日の分の仕事を終えたメイド達が集まっていた。
 心なしか、まだ若いメイド達が多い。
 若い頃から伊月家に仕えてきたベテランのメイド達は、リリィの指示で、真珠とともに晩餐会に向かっていた。
「なんか、今日の仕事は楽じゃなかった?」
「だよね、9時前に終わっちゃったもんね」
 ミナの取り巻きが互いに言い合うのを聞いて、ふと、ミナの脳裏を何かが過ぎった。
(――晩餐会が終わる前に、ここに集めた? リリィちゃんが?)
 根拠もない「直感」に過ぎなかったが、なぜか、ミナはそれを自分で否定できなかった。
 ……何かありそう。
 他のメイド達が感じていない「嫌な予感」を、ミナは察知していた。
「ねえ、みんな! ちょっと話が――」
 ミナが取り巻き達に相談しようとした時だった。
 突然、やや乱暴にドアが開いて、リリィが入ってくる。
 一瞬だけ、リリィが焦った目でミナを見た気がしたが、それもすぐに取り巻きの声でうやむやになる。
「遅いじゃない! せっかく早く終わったのにさ!」
「そうよ、そうよ! ネコなんて抱いちゃってさ!」
「……そうですわね。あと少し遅れたら、全て台無しになるかも知れないところでしたわ」
「ふ、ふん、解ればいいのよ」
「…………」
 取り巻き達から視線をそらし、ちらり、とミナを睨むリリィ。
 彼女はすぐ、部屋全体を見渡した。

「――あなた方は、メイドとしての暮らしに、満足していますか?」

 唐突に放たれたリリィの言葉は、集まったメイド達全員を当惑させた。
 子猫を足元に下ろしたリリィは、じっ、と彼女達をひとりひとり見つめていく。
「空気のように客の世話をし、ただの使用人として、女としての日々を使い古されていく。そんなメイドで満足ですか?」
「……何が言いたいの、リリィちゃん」
 のしかかってくる沈黙を押し切って、ミナが返した。
 リリィは、何でもないことのように微笑む。
「私はこれから、旦那様を消して、ソラツオーベル家の当主に戻ります」
「なっ……!」
 ミナを始め、全てのメイドが目を見開いた。
「それって、旦那様を、殺……!」
「それは状況次第ですわ。そこでご相談なのですが」
 リリィは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「屋敷の再生には、メイドが必要です。手伝っていただけませんか?
 もちろん、2年後までに、今よりもっといい条件をお約束いたしますわ」
 予想外の事態に、思考が停止してしまったメイド達は、リリィを見つめ返したまま呆然と硬直している。
「私についてくれば――」
 リリィが続けて何か言おうとした時、ミナだけがおそるおそる、口を開いた。
「……ね……ねえ、リリィちゃん。それは、私達に……犯罪の片棒を――」
 その時。
 かりっ、と子猫がミナの脚をひっかいた。
「痛っ」
「……ミナさん。いいえ、ミナ。正直、あなたを甘く見ていましたわ……」
 いつの間にか、リリィがすぐ目の前に立っていた。
 余裕のある微笑から一転、目を細めて、やや背の高いミナを見つめる。
「……そこらの凡衆と違い、一応、それなりの器はあるようですわね」
「う……」
 気圧されたミナの頬を、冷や汗が伝った。
 後ずさる彼女の足元、真後ろで子猫が「にゃあん」と鳴く。
 子猫を踏みそうになり、思わず足を止めたミナに、リリィは一段と声をひそめてささやいた。
「……しかし、私と組んで最も得をするのは、あなたですわよ?」
「え?」
「……伊月家に何かあれば、丈斗様が後を継ぐでしょう。
 私は、丈斗様個人と事を構える気はありません。その上で、私はソラツオーベル家を再興します」
 小声でささやきながら、リリィは微笑んだ。
「新しい『取引先』を持ち帰ったら、あなたのご実家での評価は、どう変わるでしょうね?」
「!」
 はっ、とミナは息を呑む。
 リリィは片目を閉じてウィンクして見せると、考え込むように沈黙したミナから離れて、他のメイド達を見渡した。
「いかがでしょう、皆さん。今の環境にご不満のある方は?」
「……不満が、ないわけじゃ……ないわよ、うん」
「……でも、あの……少し、考えさせてよ、ね?」
 リリィの視線を避けるように、メイド達が控え室を出ようとした刹那――

「あなた達の中で、先代の料理長を覚えている方は?」

 ――突然、リリィが声を張り上げた。
 メイド達が立ち止まるのと同時に、リリィはメイド服の胸元をはだけ、バンソウコウをはがす。
 ぬるり、と桃色のスライムが、胸元から這い出してきた。
「ひっ!?」
『――……おひさしぶりです。皆さン』
 床に落ちたスライムは、うねうねと形を変え、メイドの上半身を生やした。
 その顔を見て、ほとんどのメイドが目を見開く。
「め……メイド長……?」
『はい。リリィさンが、かくまってくれました』
「だ、誰から?」
『それは……』
「先代の料理長は、石に変えられてしまいました。メイド長をこの姿に変えたのも、同じ人物」
 はだけたメイド服を胸元を整えながら、リリィは言った。
「旦那様は、意に反する者を秘密裏に『処刑』することが可能なのです」
「…………!」
「メイド長。自分の後輩が、同じ姿になることを望みますか?」
『……いいえ。できれば、もう……被害者は、出したくありませン』
 心の底から、スライムに変わったメイド長は言った。
 彼女が堅物なぐらい『バカ正直な善人』だったことを知る多くのメイド達は、不安そうに顔を見合わせた。
「かと言って、逃げることはできないでしょう。
 それこそ、どんな手段を使ってでも捕らえられ、何も言えない体に変えられるだけ……」
 リリィは子猫を抱き上げる。
 肩に乗った子猫は、彼女に頬ずりした。
「伊月家に残るとしても、旦那様がいる限り、安心はできませんわ」
「…………」
「もう一度、お聞きしましょう。この屋敷での、メイドとしての暮らしに、ご満足ですか?」
 リリィは最後に、わざと、いまだ沈黙したままのミナに目を向けた。
 決断をためらうメイド達の視線が、一斉に彼女へと集中する。
 ミナは、ぽつりとつぶやいた。
「……わかった。私、リリィちゃんに協力するよ」
 ぐっ、と拳を握りしめて。
「姉さま達に、私を認めさせるんだ」
「……いい目ですわ。ミナ」
 満足げに、リリィが頷く。

 その瞬間から、部屋の空気が変わった。




◆◇◆◇◆◇




「失礼いたします」

 厨房を人に任せた真珠は、ある部屋の前で、コン、コンと扉をノックした。
 この時間のみ、ヒトが少なくなる、晩餐会の客間。

 真珠が訪れたのは――伊月家の当主が待つ部屋だった。







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