「小悪魔なんてガラじゃない」

( 3 )





(……伊月家の地下研究室。この部屋ね……)

 小柄な少女が、薄暗い地下室で息を潜めていた。
 彼女の両脇に並んでいるのは、メイドの石像、それにメイド柄の布。
 中には体の形そのものをねじ曲げられた、椅子や机まで並んでいる。
 幼い頃からの訓練で身についた身体能力に加え、気配を感じることができる彼女は、それら全てから視線を感じていた。
 動けずとも、生きているのだ。

(なんて悪趣味……!)

 手にした拳銃の重さだけが、これが悪夢の中でないと教えている。
 自分や、自分の『雇い主』が聖人君子だなんて思っていないが、これは行き過ぎている。
 地下室を進むと、奥に明かりが見えた。
 巨大なスライムの入ったガラスケースが光源となって、その周辺だけが照らされている。
 白衣の少女が、装置の前で何か操作していた。
 ――現在位置は、彼女の背後、約30メートル。

(……いけるわ)

 相手はまだ気づいていない。
 彼女の腕なら、背後から一撃で仕留めることができるチャンスだった。
 だが――

(――こいつらをもとに戻す方法、他に誰か知ってるの?)

 一瞬、ほんの一瞬、ためらった時。
 壁に並んでいた石像の1体が、顔を上げた。正確には、首から上だけ石化していないメイドが。

「た、助けて……」
(なっ!?)
「お願い、助けて! 石になんかなりたくない!」

 石になりかけたメイドが叫んだ。
 同時に、地下室全体に警報が鳴り響く。

「ちっ……!」

 舌打ちしながら拳銃を構え直した刹那、床から白い煙が噴き出す。
 あらゆる毒物に免疫をつけていた彼女の体に、異変が起きた。

「なに!?」
「……毒ではないですから。これは」
「くっ……!」
「……か弱いんです。わたしは。悪く思わないでくださいね」

 体が縮み、それどころか手足の感覚さえ変化していく。
 彼女は懸命に走り出した。

「……どこまで逃げられるでしょう。子ネコの姿で」

 ニタリ、と白衣の少女は笑った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ――8年前――


 ――リリィが、14歳の時。


「あぁ、リリィお嬢さま。なんとご立派に成長なされて……」
「……その言葉、皮肉と受け取ります。真珠」
 ほろりとこぼれる涙をハンカチで拭う真珠に、鏡の前に立ったリリィは目を細める。
 半年前に用意したはずのDカップ用ブラジャーは、当初こそ余裕を持っていたものの、今ではかなりキツくなっていた。
「まだ真珠より小さいとはいえ……」
 はぁ、とため息をつくリリィ。
「私の倍以上のボリュームがありましたからねぇ、メイシア様は」
「……お母様……」
 メイシア様という単語を聞いて、リリィは少しだけ立ち尽くした。真珠はその場で頭を下げる。
「申し訳ございません、お嬢さま。失言でした」
「……もう昔のことです。引きずる私の方がおかしいのです」
「…………」
 真珠は笑顔を崩さず、リリィの身支度を手伝い始めた。
 手早くメイド服を着込んで部屋のドアを開けると、真珠はすかさず彼女の3歩、後ろについて歩き始めた。
 そのまま廊下を数十メートルは歩いただろうか。
 何かを堪えきれなくなった様子で、リリィは振り向いた。
「……真珠。あなたの担当は厨房では?」
「へっ?」
「私の担当はルームメイクです。それに、私は5年間この屋敷で育ったのです。そう毎日、部屋まで送られずとも迷子にはなりません」
「で、でもぉ……今日は新しい子が来るそうですからぁ」
 ぴくりとリリィの肩が震えた。
 リリィが一瞬、緊張したように生唾を呑んだのを、真珠は見逃さない。
「だからですねぇ、私が少し、仲を取り持って――」
「へ……平気です。真珠も早く持ち場に向かいなさい」
 さっと背中を向けて立ち去ってしまうリリィ。
 その場に残された真珠は、メイド柄のハンカチを振って見送った。
「……リリィお嬢さまも14歳……一般的には反抗期ですぅ」
「――うむ、厨二病も発症する頃だな、真珠君」
 いつの間に現れたのか、真珠の近くに当主が立っていた。
 真珠は驚いた様子もなく、笑顔で振り返る。スカートのすそをつまんで、丁寧におじぎした。
「おはようございます、旦那さま」
「む? 普通にしゃべれるのだな、君」
「何のことですかぁ?」
「……まぁよい。それより、相談したいことがある」
 当主はポケットに入れていた『それ』を、真珠の前に差し出した。
 チーズ、それにパン。
 だが普通でないことだけはすぐに解った。チーズが、人間の少女の形をしていたからだ。
「……いい趣味ですねぇ」
「素材は上等だ。量もじゅうぶんに用意できる。調理できるかね?」
 ちら、と真珠は当主の手の上に視線を向けた。
 チーズを全身に浴びせられ固められたかのような四つんばいの少女は、口を微かに動かしていた。
 た、す、け……と弱々しく呻くものの、声が出ていない。
 真珠はチーズの腕をつまむと、ちぎって口の中に入れた。
「――――!」
 チーズは声にならない絶叫を上げるが、のた打ち回ることすら許されない。
 とろぉりと甘く口の中で溶けたチーズの腕を味わいながら、真珠はニッコリした。
「なるほど、上物です。腕が鳴りますねぇ」
「君は賢い女だな……フフフ」
 当主の不敵な笑みに、真珠は満面の笑みで応じた。




◆◇◆◇◆◇




「君が、警備部副長官になってくれたのは歓迎するよ、ミティア」
 先月、16歳の誕生日を迎えた伊月丈斗。
 当主の意向もあって、警備部副長官に抜擢されたミティアは、やや緊張した面持ちで敬礼していた。
「はっ!」
「で、あのさ。僕、難しいことはわかんないんだけど……」
 丈斗の視線は、ミティアと一緒に入ってきて早々に応接用ソファによじ登り、毛づくろいしている子ネコに向いた。
「……あの子ネコも、ミティアとセットなのかな?」
「はっ! 申し訳ございません! しつけてはいるのですが!」
「ふーん、そうなんだ。ちょっとなでてもいい?」
「はっ……あ、いや、そいつはちょっと気難しくて――」
 丈斗が子ネコに近づいた、次の瞬間!
 嫌悪感どころではない、殺気を帯びた目が丈斗を見すえた。
 びしっ、と石のように硬直する丈斗。ミティアは慌てて子ネコを抱き上げ、無理やり抱え込んだ。
「ふにゃーっ!」
「すまない! いや、申し訳ございません!」
「いや、うん……へたな番犬より役に立ちそうだね」
「長官にも同じことを言われました……こら、おとなしくしろ!」
 もっとも、そのおかげで捨てさせられず、ミティアの部屋に居ついているようだが。
 結局、子ネコはソファの上が気に入ったらしく、丈斗とミティアは立って会話するハメになった。
「それで、ミティアはどの辺りを担当するの?」
「はっ、夜間の司令本部待機を命じられております。何かあれば、お申し付けください」
「夜なんだ。じゃあ、早く休んだ方がいいね」
 そこまで言った丈斗は、ふと、何かを思い出したように顔を上げた。
「……そうだ、ミティア。ちょっとだけ時間ある?」
「はい、何なりと」
「こっちに来てよ。この間、偶然、見つけたんだけど……」
 丈斗は机の前に座り、パソコンを起動させた。
 ――『オークション』。
 高級なピアノやバイオリンなどの楽器から、70年モノのワインまでが、写真つきで並んでいる。
 値段は異様に高く、ミティアは目が回りそうだった。
「これは初期金額だよ。実際には、参加者が会場に集まって競り落とすからね」
「じ……次期当主殿は、こういうのがご趣味で?」
「ううん、この間、急に思い出したから検索してみたんだ」
「思い出した、ですか?」
「そう……あ、ほら、これだ」
 丈斗が開いたページを覗き込んだミティアは、はっと目を見開いた。
 おかしなスライムに包まれ、石にされてしまった先代料理長が、そこに掲載されていた。
 もう5年になるが、なかなか買い手がつかないらしい。
「……不気味だからな……」
「これって、以前の料理長だよね? ……夢じゃなかったんだ」
「ええ、間違いありません。しかし、その……」
 ――正直、この件には関わりたくない。
 へたに首を突っ込んで、自分が石像にされて、こうしてオークションに並べられるところなど、想像したくなかった。
 そう考えているのが解ったのか、丈斗はパソコンのウィンドウを閉じた。
「ありがと、ミティア。あれが夢じゃなかったことだけ解れば、じゅうぶんだよ」
「……差し出がましい話ですが、あまり深入りはしない方が」
「うん、解ってる。真珠にも聞いてみようかなと思ってたんだけど――」
「――ふしゅーッ!」
 突然、ソファの上で子ネコが威嚇し始めた。
 その直後、コンコンとドアがノックされる。丈斗とミティアの背筋が凍った。
「……ど、どうぞ」
「ぼっちゃま、失礼いたしますぅ」
 入ってきたのは、緊張感のカケラもない真珠だった。
 飛び掛かろうとする子ネコを慌ててミティアが押さえる中、真珠はゆうゆうと丈斗に歩み寄り、持っていた皿を机に置いた。
 綺麗に盛り付けられたサンドイッチ。
 そして、細切れにトッピングされたチーズ。
「そろそろぉ、おなかの空かれる頃合かと思いましてぇ」
「ふにゃーっ!」
「あらあらぁ、ネコさんもチーズが欲しいんですかぁ」
「す、すまない、気にしないでくれ」
「あとで、お皿をいただきに参りますぅ」
 特に何もせず、ぺこりと一礼して帰っていく真珠。
「ふしゃーッ!」
 子ネコは一際強く鳴くと、ミティアの腕を抜け出して部屋から飛び出――そうとしたが、目の前でドアが閉まってしまい出られなかった。
 ガリガリと前足のツメで、ドアを引っ掻き始める。
 今度はミティアが悲鳴を上げた。
「や、やめないか、バカ――っ!」
「あはは……あとで、僕がやったってことで直してもらうからいいよ……」
 ミティアが子ネコを押さえ込む一方で、丈斗は皿に視線を落とした。
 細切れに切り刻まれたチーズは、よく見ると変な凹凸がある。
 その中のひとカケラが、涙目で『いや、おねがい、たべないで』と懇願しているような気がして、丈斗はぞくりと身震いした。
「まさか……そんなわけ、ないよね……」




◆◇◆◇◆◇




「――ふぅん。あなたが、リリィ? 確かに、私と年は近そうだね」
 リリィが客室のシーツを取り替えていると、不意にドアが開いて誰かが入ってきた。
 青い髪をポニーテールにしたメイドだ。
「私、今日から配属されたミナ。よろしくね」
 新入りのメイド――ミナは、すでに別のメイド2人を後ろに従えていた。
 陰口、皮肉、イジワルでよく見知った顔の2人組を見て、リリィはため息をこぼす。
「ハイエナがコバンザメ連れて遊びに来ましたわ……」
「へ?」
「生意気ね、没落貴族のくせに」
「料理長がいないと何にもできないくせに」
 ミナの後ろで喚く2人組を、リリィは鼻であしらう。
「くっついて回ることをよしとする金魚のフンよりはマシですわ」
「「何ですって――!」」
「……いやいや、おかしい。なんで私、初対面で何もしてないのにハイエナ扱い?」
 ミナがツッコミを入れると、リリィは「あら」とつぶやいた。
「ごめんなさい、新人さん。思っていたより小物臭がひどくて、安心してついうっかり」
「初対面の人にそんなこと言われたの初めてだよ私!?」
 すでに半泣き状態の彼女に代わって、両脇のメイドが首を突っ込む。
 いかにも楽しそうに。
「よく聞きなさいよ、貧乏令嬢!」
「ミナさんはね、このあたりで有名な女学館の学生なのよ!」
「しかも伊月家と取引のある貿易商のお嬢さん!」
「さらには警備部にも配属されそうになったぐらい、強いの!」

「「だから、あんたなんか、何かあったらお払い箱よっ!」」

 矢継ぎ早に言い立てられ、それをいちいち頷きながら聞いていたリリィは、小首を傾げた。
「……で、その優等生でご令嬢で腕っ節の立つお方が、どうして人様の屋敷でルームメイクを?」
「!!」
 ギクリ、とミナの体が硬直した。
 冷や汗と脂汗の混ざった何かがあふれ出してくる。
(い、言えない……! 学館ではみそっかすで、末娘だから適当に扱われて、バイトしに来たらメイドの適正がなくて警備部に行かされかけたなんて……)
「あれ、どうしたの?」
「どうしたの、ミナさん?」
 両脇から言われて、あぅあぅと口をパクパクさせるミナに、リリィは大きく肩をすくめた。
 つかつかと彼女に歩み寄ると、顔を近づける。
「……上に立つ者は、庶民の生活を知らないといけませんものね?」
「! そ、そう、それそれ」
「ご立派なお考えですこと。今後、よろしくお願い致しますわ」
 すたすたと部屋を去っていくリリィ。
 残された3人のうち、ミナ以外の2人は聞こえよがしに舌打ちした。
「ちっ……何よ、お高く止まっちゃってさ」
「ねえ、ミナさん! シメちゃいましょうよ!」
「えっ? そ、そう――」
 だね、と言おうとした瞬間、彼女は気づいた。
 廊下の向こうで、リリィが意味深な微笑を浮かべていることに。
「……ま、まぁ、今することじゃないよ! いつでもできるんだから!」
「さすがミナさん!」
「すごいミナさん!」
 きらきら目を輝かせる2人の期待を一身に浴びながら、ミナは心の中で後悔した。
 無駄にいい経歴と、本人の虚栄心が混ざり合うと、ロクなことにはならないようである。






★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

← 前(2)を読む

続き(4)を読む →

← メインページに戻る




サイトURL:http://bukimi.x.fc2.com/index.html
アドレス:maidlily45@gmail.com



inserted by FC2 system